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サーフィン雑誌創刊ラッシュ

サーフィン雑誌は専門誌とカテゴライズされている。
しかし古くはポパイやファイン、ホットドッグプレスなどは
一般誌からサーフィンへのアプローチをかけてサーファー以外にも
サーフィンのテイストをアピールして大成功した誌もある。
つまり発行部数と広告収入を増やし利益を得たわけだ。
ここ数年ではティーンネイジャー向けの老舗的存在のファインは
その形態を大きく変え、同じ日の出出版にサファリ風に様変わりした。
つまりサファリやオーシャンといったアダルト向けのサーフィンテイストを

加えた雑誌が売れに売れているというわけだ。


中身を見ると75万円の時計や2万3千円のTシャツ、26万円の革ジャンなど、

一般サーファーには無縁な商品広告が止めどもなく掲載され、

「なんじゃ!これ?」状態にビックリする。
知人にこの手の誌の存在理由と読者層を尋ねたところ、

本気にサーフィンをやっている、またはやりたい者が購入するわけではなく、

リッチに憧れる、またはIT産業などで儲けているバブリーな20代〜40代男性が

サーフィンや海をテイストに取り入れたくて買うそうだ。

昔の丘サーファーより金が有るだけ、質(タチ)が悪いかも知れない。


私はサファリやオーシャンをサーフィン誌という位置付けはせず、

ここは素通りさせて頂く。

日本におけるサーフィン誌は石井秀明が編集長の「サーフィンワールド」が

始まりである。

東京都のど真ん中、中央区のオーシャンライフが1976年創刊したコアな誌で、

サーフィンを健全に正しく、しかもアカデミックに捉え伝えた業績は

現在日本サーフィンの礎である。同時期に湘南の辻堂から誕生したのが

「サーフマガジン」で、ワールドが世界のサーフィンを中心に展開していたのに対して

マガジンは国内をフォローした。

ちなみにこの2誌から日本を代表するサーフジャーナリスト、

サーフィンフォログラファーを輩出している。言わば独占状態にも見えた。

その後を追うようにマリン企画が創刊したのが「サーフィンライフ」で、

サーフィン教室的なビギナー向けページから日本国内、世界の動向にもスポットを当て部数を伸ばす。

 

昨年、老舗のマリン企画が倒産してサーフィンライフ、グライドが廃刊に追い込まれた。

その数年前にはマリン企画のロングボードの専門誌「オンザボード」が消えたが、

まさかマリン本体そのものまでが消えるとは想定外だった。

理由は雑誌以外の事業、不動産やレジャー、リゾート、ハーバー、

レストランなどの赤字が本業の足を引っ張ったからであろう。

かつてのオーシャンライフも同様だと思う、あくまで推測の域だが。

 

2017年に入り、サーフィン専門誌はブルー、NALU、サーフトリップジャーナル、

サーファーズジャーナルの4誌だった。

ネコ出版から出版されているオルタネイティブ+ファッションを打ち出しながら

実はコアなブルー。

エイ出版のロングボード専門誌からオルタネイティブ、SUPまで幅広く

フォローするようになったNALU。

同じくエイ出版のサーフトリップジャーナルは

確実なコアなファンを持ち編集長自らトリップ全開な点が素晴らしい。
そしてUSAサーファーズジャーナルの日本版として5年目を迎える日本版SJJ。

ちなみにサーファーズジャーナルはかつてはオーストラリア版もあり購読していたし、

現在はヨーロッパ版も発刊されている。オーストラリア版は廃刊したが日本版、

ヨーロッパ版は独自の記事を折り込み興味深い。

但し書店に置かれていることは少なく年間購読者を対象にしており正確には

書店に置かれていることが少ないので雑誌と呼べるかは定かでない。


そしてこの4月、元サーフィンライフの編集担当の高橋氏が編集長の「サーフマガジン」が

10日に発刊された。湘南、六本木で創刊記念パーティーが開催され六本木に伺ったが、、
そして元マリン企画の小山内氏が編集雨長のサーフィンライフ(マリン企画のサーフィンライフとは関係ない)、

さらに元マリン企画の元サーフィンライフ編集長でグライドの編集長でもあった

内田氏が5月に新刊を創刊する。つまりサーフィンの新しい雑誌が立て続けに3誌書店に並ぶわけだ。

果たして再び戦国時代に突入するのか?

 

 

ところで私的な話で恐縮だが、私のサーフィン、

またサーフジャーナリストとしての原点はサーフィンワールド、

そしてサーフィンクラシックである。

両誌ともに石井秀明が編集長で私は毎号を暗記するほど読み込んだ。

専門用語や名前、地名、隠語などは先輩に訪ねたり、その地を訪れたり、

現場に行くことをミッションとした。

その結果、サーフィンを始めた70年後期にはカリフォルニア、

80年にはバリ島へ、さらに86年には二アス、グラジガンなど、

石井英明が歩いた跡を追いながら廃刊になった以降も検証の旅を継続した。

なぜそこまで拘ったのか、30年以上を経た今でも分からないが、

今の自分が在るのはその時代に私が我武者羅に突き進んだ結果である。

つまり石井英明こそ原点で現在進行中なのだ。

それほどの雑誌が今存在するだろうか?影響力、

信じるに値する言葉、写真、行間、、、
私は石井秀明が築き上げたサーフィンワールドとサーフィンクラシックに出会えて幸せである。

過去形ではない。今も古い雑誌を定期的に読んでは情熱が失せないようにしている。
10代、20代に刺激を得た情熱である。

posted by: ozartsurf | - | 16:27 | comments(0) | trackbacks(0) |-
サンターナ フロム サンフランシースコ!!!

44年前に武道館でサンタナ初来日を観た。

中学3年の時、悪友Yとぶっ飛んだ!

本当に飛んだ、、、当時のコンサートは

アンコールに入ると客がステージ前方に押し寄せるのが

当然の儀式で、我々は子供だったので体も小さく

素早く最前線に潜り込み、一番前でアンコールから観た。

ステージ右手、サンタナはほんの数メートル先で

ストーンしながらギターを奏で、君に捧げるサンバ、

祭典、ネシャブールの出来事、、、、お香の香りが

立ち込め陶酔する。

 

そして来週木曜、武道館で悪友Yとサンタナを観る。

運良くアリーナの一番前の席をとれた、というか

コネでとってもらった。

あの時、アンコールでサンナタを間近で観た場所である。

 

ソニーの方から1973年のライブの完全音源「ロータスの伝説」3枚組を

頂いた。もちろん当時のレコードは持っている。

横尾忠則先生が立体ジャケット全22面を制作した

歴史に残る名盤だ。しかし当時のレコードには

あの晩聴いた「パパさん、ママさん」それに

ファラオサンダースのアルバムに入っていた「カーマ」が

収録されていなかった。初来日でボーカルを担当したのは

そのファラオのアルバムで謎のヨーデル風ボーカルを聴かせる

巨人レオントーマスだ。そして復刻版CDには未収録曲7曲が

収録され「パパさんママさん」も「カーマ」も聴くことができる。

今聴いているが、当時にトリップしている。

 

イエーー、来週はサンターナだ、

このために日本へ戻ってきたのだ!

 

レディス&ジェントルメン、フロム・サンフランシースコ

サンターーーーナ

 

誰だって生涯忘れられない音楽があり

それは決して色褪せない。

 

サンタナ、ボウイ、GFR、、、、、

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 21:06 | comments(0) | trackbacks(0) |-
浅田真央という日本人

浅田真央が引退した。

金メダルこそ獲れなかったが

かえって良かった。メダルより大切なことがあることを

教えてくれたからだ。

ソチ五輪、SPでひどい結果、、、

そして望んだフリー、全力を出し切り6位。

日本中が感動した。数字ではない、

それ以上にものがあると知った。

メダルは所詮は金本位制、

スポーツから得られる感動は結果ではない。

生き様だ。

 

一方2011年東日本大震災後の6月

なでしこジャパンは一度も勝った事がないUSA相手に

勝利を収めた。澤穂希、男の中の男だ!

同年、神戸でカズはシュートを決めた!

 

昨年カノア五十嵐はパイプラインで2位入賞、

先日はミック・ファニングを破った。

 

スポーツは感動をくれる、

勝っても負けても心を揺さぶる何かがある。

 

サーフィンを続けられて幸せだ。

 

posted by: ozartsurf | - | 21:16 | comments(0) | trackbacks(0) |-
アクティビスとして

サーフィンは楽しい。

人生を捧げてでも追求するに値する。

宗教で哲学で、一生をかける価値がある。

なぜならば自分を浄化してくれるからだ。

 

サーフィンのためなら命を捧げられる。

同様に、犬のためなら今死んでもいい。

悔いはない。

地球上の犬が殺処分にならず、幸せになれるなら

私は喜んで命を捧げたい。

 

保健所にいる犬たちを救ってください。

 

 

posted by: ozartsurf | - | 23:39 | comments(0) | trackbacks(0) |-
あれから6年

明日で東日本大震災から6年が過ぎる。

3月11日午後2時46分に

どうか哀悼の意を、

黙祷をしましょう。

 

 

posted by: ozartsurf | - | 03:24 | comments(0) | trackbacks(0) |-
政治的話で、痛み入ります

シドニーから東京に飛んで

北国へ向かう新幹線の車内の掲示板で

東芝が継続危機という記事を見た。

東芝、、、ダメだよ、原発に加担して

東電と大失態、アメリカのGMと組んで

おーーーい、福島で大量殺戮して、

人間だけでなく、わんにゃん、牛、とり、、、

あらゆる動物に植物を殺して

まだ東芝あったんだ????

 

さっさと保証してください。

福島を離れざるを得なくなって

故郷を去り、この人やワンにゃんのこと

忘れるなよ。

 

原発事故、人間の過失で

日本だけでなく、ハワイ、アメリカ西海岸、

地球を何周もして・・・・

原発事故、もうすぐ6年、ふざけんなよ、

東芝、東電、民主党、、、フェイクな学者、

金、金、金、、、マニーマニーマニー、、

馬鹿、ばか、バカ、、、、

 

忘れるなよ、もうすぐ6年目、

海を汚しやがって、許さねぇー

死んでも許さねぇーーー

 

東芝、今頃、なんだよ。

ヒューマンエラー、だぞ

ばか、

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 20:15 | comments(0) | trackbacks(0) |-
快挙達成!

Photo from Quiksilver

 

 

何を差し置いても

おめでとう、カノア五十嵐君。

あなたは日本人の誇りで、希望の星です。

例え現時点でアメリカ国籍でもです。

 

昨年12月、カノア選手がWQS(プロサーフィン2部リーグ)で

上位に入り、WCT(1部リーグ)入りが決定した際、

ハワイ・オアフ島・ノースショアのパイプラインで

インタビューする機会を得た。

さらにデレク・ハインド張りに

「ズバリ!2016年カノアは?」

という記事をブルーマガジンで書かせて頂いた。

 

以下である・・・・・・

デザイン バックは日の丸一点、もしくは旭日旗で!

(1P

祝日本人初WSLサーファー誕生

 

Congratulation!!!

Kanoa Gets In WSL

As First Japanese Surfer.

 

 

1976年プロサーフィンが設立して依頼、

我々日本人はジャパニーズサーファーが

プロサーフィンWCT(現在のWSL)に入ることを待ち望み続けていた。

しかし正直、最近じゃ「やっぱ日本人じゃ無理?」と考えるようにもなり、

プロサーフィンへの興味を失いつつあった。だって40年ですから・・・

しかし待望の、、、、、、、、うっ、嬉しくて涙が溢れそうだ・・・

イェーーーイ!40年間待ち続けていた日本人がついにWSL入りしたぜ!

みんなで応援しようぜ、カノア・五十嵐を!!!

そこのオジヤサーファー、キッズサーファー、ニーチャン&ネーチャンサーファー、

それからサーフィンしない人も、

頑張れニッポン!

頑張れカノア!

18歳が日の丸背負って世界で戦うんだから。

 

 

 

Why does NOT Japanese Surfer get in WCT?

なぜ日本人がWCTに入れないのか?

 

質問をした時点では現在のWSLではなくWCT

 

この20年近くプロサーフィンが設立して40年、

私は「なぜ日本人がWCTに入れないのか?」という質問を、

ワールドチャンピオンを含めた世界のトッププロにぶつけ続けてきた。

最も印象的な答えは1978年ワールドチャンプの

ウェイン・ラビット・バーソロミューで

“Your question is my answer”から回答はスタートした。

「なぜ日本人がWCT入りできないか?そりゃこっちが知りたいよ。

シュージ・カスヤを筆頭に世界で十分通用するサーファーを見てきた。

WCT Japanの近江ともその話はしょっちゅうしてきた。

実力も気力も環境もサポートも、つまり全て整っている。

サーファーからも熱意を感じる。教えて欲しいのはこっちの方だ。

どうすればジャパニーズサーファーが一部リーグに参入できないか?

ジャパニーズサーファーはプロサーフィンリーグに不可欠な存在だからね。」

 

1976年初代ワールドチャンプのピート・タウンネント(通称PT)は

「誰か一人が入れば次に続く自国のサーファーがどんどん出るはずだ。

最初の一人が重要だ。私はプロサーフィンサーキットがスタートした初年度、

ワールドチャンピオンになるために、世界各地で開催された大部分の試合をフォローした。

地元オーストラリアでは全試合、それにニュージーランド、フロリダ、ブラジル、

南アフリカ、そしてハワイは最重要地点と決めて勝負に挑んだ。」

その結果PTは誰よりも多くの試合をフォローして一度も優勝を

しないにも関わらず総合ポイントでワールドチャンプの座を射止めた。

 

1977年ワールドチャンプのショーン・トムソンは

WCT入りにするためにはハワイで結果を残すことが不可欠だ。

プロサーフィンにとってハワイ、つまりノースショアーこそ

一番大切なステージで毎年冬になれば、サーファー、サーフィンメディア、

サーフィンインダストリーといったサーフィンに関わる全てが集結する。

だからノースの波に乗らなくてはWCT入りできない」

ショーンは子供の頃から父アーニーに連れられハワイの大波を

経験して上達してワールドチャンプになっている。

 

1979年から4年連続でワールドチャンプを獲得し続けた

マーク・リチャードは「うーん、難しい質問だね。

日本へは何度も試合で訪れているが、コンテストはスモールウェーブか

オンショアーが多かった。つまり地元のサーファーに有利な条件が

多いはずだが私は負けなかった。オーストラリア人は猛烈に

勝負に拘る国民性がある。

勝ち目のない勝負でも全力にぶつかり、

1パーセントでも可能性があればそこにかける。

日本人が勝てない理由はサーフボードでもフィジカルでもないと思う。

メンタル面とタクティクス(戦略)じゃないかな。」

マーク・リチャードはツインフィンの立役者として知られているが

ハワイの大波ではシングルフィンで戦い、

その場に応じたサーフボード選びと戦略で数多くの勝利を得ている。

 

1988年ワールドチャンプのバートン・リンチは

「ジャパニーズサーファーがWCT入りできない理由は3つ、

先ずは自国でWCTの試合がないからだ。

ブラジルでは1976年から自国でWCT戦が開催されている。

もちろん日本でも70年代後期から2000年まで開催され私は何度も

日本を訪れ試合に出場した。その時期、日本にはチャンスがたくさんあった。

しかし2つ目と3つ目も答えになるが、コーチとマネージャーがいなかった。

それが私の答えだ。コーチは各試合の戦術からフィジカル、

メンタル面の強化。マネージャーはスポンサーの獲得と有利な契約、

メディアでの露出のコントロール、ツアーの移動や食事に至るまで

選手に試合だけに集中できる環境を整える必要がある。」

バートン・リンチはキッズとジュニアを強化するためにブラストという

サーフィンコンテストを毎年開催している。

目的は親も含めてスポーツとしてのサーフィンを浸透させることで、

期待できるキッズには積極的にコーチをするだけではなく

スポンサーも付ける活動をしている。

 

11回ワールドチャンプを獲得した王者ケリー・スレーターは

少し考えて答え始めた。

「サーフィンに適した波が近くにないからWCT入りできないのは嘘だ。

私が生まれ育ったフロリダの波は私の知る限り日本以下だ。

遥かに日本の方が波に恵まれている。

フィジカル、メンタルの両面で強くならなければ勝てない。

サーフィン以外のスポーツ競技に参加することもプラスになると思う。」

F1カーレース、テニス、ゴルフ、ブラジアリン柔術など、

自分を鍛えるために異種競技にチャレンジして結果を出している。

 

トム・キャロルは「私の答えは時間の問題だけだ。遅かれ早かれ入る、

そして一気に爆発する。」は答えた。

 

デレク・ハインド曰く「言葉の壁だ。タフなWCTを年間通して戦うためには、

先ずは英語がしゃべれること、これで自分の環境を自分で良くすることができる。

それに片言のポルトガル語はブラジルでの試合に有利だろう。

同じ理由でフランス語も挨拶程度でも交わせれば

ホッセゴーでメンタルで楽になれるだろう。」

 

ワールドプロジュニアの元ディレクター、ルーク・イーガンは

「プロジュニアを見続けているが、日本人は年を追うごとに良い結果を残している。

ただ後一歩で勝利を逃している。

一方ではスペイン、ポルトガル、フランスなどが好成績を残している。

その差は単純に運ではない。運を飛び込みのも実力だから。」

 

 

ブラジルのエイドリアーノ・デ・スーザがノースナラビーンの

ワールドプロジュニアで優勝したとき、彼は15歳。

ワールドプロジュニア史上最年少に世界は驚いた。

そのとき私はインタビューをする機会を得たが、

目をキラキラさせながら一生懸命に英語で丁寧に答えていたのを思い出した。

すでにプロ選手として自分は何をするべきかと理解していると思った。

カノアのインタビューで、デ・スーザがプロジュニアを

世界最年少で制したときがクロスした。世界一になるオーラである。

 

 

 

 

 

カノア・五十嵐インタビュー@パイプラインハウス

ハワイ・ノースショアー・クイックシルバー・パイプラインハウスにて。

 

若くしてクイックシルバーがスポンサーになり、

2009年にはNSSA年間最多優勝記録、トム・カレンの20勝を超える30勝を樹立。

ジュニアとQSに参戦して数多くの勝利を獲得。

昨年南アフリカ戦5位から勢いを付けブラジルで優勝して

日本人初のWSL入りを決めてくれた。


B ホームタウンは?

K カリフォルニアのハンティングビーチです。

B アメリカ生まれアメリカ育ち、ということはアメリカ人ですよね?

K いいえ、僕は日本人です。家では両親は日本語で喋り、日本食を食べています。

B じゃあカノア君を日本人初のWSL選手ととらえていいのですか?

K はい、僕は日本人です。日本人で最初のWSL選手という誇りを持っています。

B 今いくつですか?

K 18歳です。

B ということはWSLで最年少ですよね?

K はい、そのとおりです。

B プロサーファーになろうと決心したのは、ご両親の影響ですか?

K はい、父の影響でサーフィンを始めて、WSLに入る、そしてゴールはワールドチャンピオンになることです。

B それは何歳くらいのときですか?

K サーフィンを始めたのは3歳で、6歳位のときにはスポンサーも付いて、いつか世界チャンピオンになってやると人生の目的を決めました。それからトレーニングを重ねています。

B 具体的にプロの基準とは?

K トップ30だけです。(WSL32名だが2名は、、、

B じゃあ、ソウルサーファーというカテゴリーに対してどう思いますか?

K コンテストに出なくてもクレッグ・アンダーソンみたいに雑誌の表紙になれるくらい自分を確立したプロは凄いければ、、、うーん、プロになれなくてソウルサーファーになるってカッコ良いとは思いません。

B 話は変わりますが好きな食べ物は?

K とんかつ、毎日でも食べられるくらい好きです。それにそぼろご飯、ラーメン、餃子、それにフィレミニオンのステーキとか・・・

B そんなにハイカロリーのものばかり食べて大丈夫ですか?

K 正直、まだ子供だから今は食べたいものを食べて身体を作ることに専念しています。

母はそれなりに考えているとは思いますが。

B 弟キアヌ君は牛乳をたくさん飲んでいるといっていたけれど、

K そうそう、アメリカ人も同じこと言っています。牛乳は骨を強くするのに大切だと。

B 昨年に比べて身体が大きなくなっているようだけれど?

K はい、身長は5’11”180センチ)体重は74キロです。

B 好きな音楽は?

K ダンスミュージックです。

B 昔からサーファーは踊る音楽を好んで聴いいていたけれど、

K リズム感はサーフィンに重要だと思います。

B ノースは何度目ですか?

K 9歳のときから来ているから10年目です。

B 一番でかいのは?

K 去年、ワイメアで20から25フットくらい、

B ワイメア用のボードのサイズは?

K 10’6”です。(クアッド)

B 地元のハンティントンや日本で普段乗るボードは?

K チャンネルアイランドの5’11”です。

B 現在のコーチは誰ですか?

K ジェイク・パターソンです。

(※)ウェスタン・オーストラリアの出身の元WCTサーファー、

通称スネーク、2000年には過去年間最高ランク5位。

B 好きなサーファーは?

K うーん、ジュリアン・ウィルソン

B カノアの影響でこれから日本人選手がCT入りするかもしれないけれど?

K 是非、そうなって欲しいです。

昨年ブラジルからガブリエル・メディーナがワールドチャンピオンになったでしょう。

だから僕も出来ると思うブラジル人が多くなっていると思います。

だから自分もできると信じてサーフィンをして欲しいです。

信じて頑張ればこれから日本人がどんどんWCT入りすると思います。

 

私はカノアについて「少しだけ生意気なガキ」という噂を耳にしていたが、

実際に会って「優れたサーファー特有の謙虚さを取り備えている」

という印象を受けた。

インタビュー中も目の前には6フットの波が軽いオフショアーでブレークしている。

本当は今すぐパドルアウトしたいはずなのに、

質問に対してひとつひとつ丁寧に答えていく姿は立派なプロサーファーである。

このインタビュー後にはクイックシルバー・カノアモデルの

ボードショーツの撮影が控えていたが、

クイックシルバージャパンのマネージャーは

「撮影は後日でオッケーだから、サーフィンしておいで」・・・

こういう関係は見ていても気持ちが良かった。

そしてカノアはパイプでゲットしていた

 

 

今年のWSLは私の人生で初体験となる日本人プロが参戦する。

時差など気にせず、

WSLのホームページの生ライブを見ながらカノアを応援します。

 

 

 

2016年ツアー全11試合を予想

 

カノアは日本の宝である。日本人初のWSLサーファーだから、

多少しくじっても彼のチャレンジを応援して欲しい。

ズバリ、カノアに何を期待するのか?

ワールドチャンプである。

カノア自身は3年で世界1になりたいと言う。

そのために初年度がキーとなるのは当然で、

今年生き残り来年もWSLに残ることが一番重要である。

先ずはOZレッグ初戦ゴールドコースト、

ここはカノアが第2の故郷というくらい親しんでいるスナッパー。

「ここで良い成績を残さなければ」プラス初のWSL戦で

プレッシャーも大。しかもカノアのスポンサー、

クイックシルバー主催である。

ここでラウンド3まで進めるかが見所だ。

 

2戦ベルズは要注意、ここには魔物が付いている、

と言われるほどの番狂わせが潜んでいる。

一方でカノアに良い番狂わせの目も出る可能性だってある。

3戦ビッグウェーブの西OZマーガレットリバーでは厳しいという意見もあるが、

カノアのコーチ、ジェイク・パターソンはここの出身。

従ってより的確な指示を出す。

個人的にはここでカノアは好成績を出し中盤戦に突入すると読む。

ここまでは日本との時差はマイナス1時間。

かつては日本人はビッグウェーブに弱いと言われていたがかノアに限ってそれはない。

 

続くブラジル戦の日本との時差は12時間、

ポジティブシンキングすれば仕事中にコソコソ、

スモホで見なくて、夜から深夜にかけて観戦できる。

はっきり言って応援しがいがあるんです!

この手のビーチブレークではやってくれるでしょう、

しかもカノアがWSLを決またのもブラジルならば

公用語ポルトガル語を喋れるのも優位である。

 

さて問題は次の3戦、バックサイドのフィジー、

フロントながら経験がモノを言うジェフリーズベイ、

再び背中のチョープー。本人はすでにこの3つのポイントを

何度も訪れているので「問題なし」と言うが、

正直勝てなくてもしょうがない、

来年への経験となれば良しとする。

その理由は子供時代から世界を転戦していたとは言え、

ジュニア、QSWSLのタフ具合は別格。

これまではアドバイスをくれていたケリー・スレーターだって

対戦相手となれ立場が180度変わってくる。

だからこそ初年度の体験が今後を左右する。

 

97日からのカリフォルニア・テレッスルズ、

ここでは結果を出して欲しい。

地元ハンティントンではないがカノアにとっては同じカリフォルニア、

地元の応援もあるしツアー参戦半年、

初体験のプレッシャーからも解放されつつあるのでは?

 

続くヨーロピアンレッグ、ここから本番である。

例え万が一にもここまで1勝も上げられなくて、フランス、

ポルトガルで好成績を残す可能性は強い。

クイックシルバーは子供時代からカノアをフランスに連れて行き

プロサーフィンの世界を見せた場所、精神的にリラックスしやすいはずだ。

日本とは時差は8時間、早く帰宅して観戦しましょう。

 

そして最終戦パイプライン、

俺はここで何かを起こすと予想する。

9歳から通うノースで戦える体力、気力はワールドクラスでも上の中、

不可能を可能をする若さは最大の強みだ。

 

 

生ライブ観戦は、こ・ち・ら、で

www.worldsurfleague.com

ワールドサーフリーグ・ドット・コム

 

頑張れカノア!日本中が君を応援しているのを忘れないでね。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

以上が今年の3月売のブルーに書かせて頂いた記事だ。

 

現実には、強力なラウンド3の壁を破れず1部リーグ入り残留が

困難かと思われたが、そこは試合上手な五十嵐ファミリー。

しっかり2部リーグもフォローして、終盤のブラジル戦で見事優勝。

この時点で1部リーグ残留を決めた。ここは予想外だったのだが・・・

そして1部リーグ残留が決まったため、ハワイ入りした心境は

かなりリラックスできたのではないだろうか。

 

結果は、パイプラインマスターズ、準優勝だ。

しかも、パイプマスターズのジュリアン・ウィルソン、

さらに王者ケリー・スレーター、ジョディ・スミスを

2度づつ破るという誰もが予想できない快挙の末の準優優勝だ!

 

話は早すぎるが、来年のWCTが楽しみだ。

 

それにしても他に続く日本人プロが出てこないことは問題で、

所詮は日本国内のプロツアーだけで生計が立つから?とか

世界の壁は厚いとか、理由をつけて本気にならない若手プロにも

問題があるが、しっかりサポートしないスポンサー、

本気でコーチとマネジャーをつけないプロ組織、

そこに確信的問題があると読んでいる。

東京オリンピックでサーフィンが種目入りしても

未だプロ団体、アマチュア団体が一丸となっているようには

見えない。自分たちの既得権益に利益を追うのは

やめて欲しい。

 

政治的な話はやめて・・・・

カノア君、おめでとう。おじさんは嬉しくて涙が溢れたんだ。

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 16:27 | comments(0) | trackbacks(0) |-
サーファーはロックスター

最近、サーファーは背中を見れば上手いか、上手くないか

分かるような気がする。

オーストラリア・サーフィン・ワールド誌の表紙に

他界されたミジェット・ファレリーさんの後ろ姿が

掲載されたが、見事な背中で痺れた。

肩甲骨である。ミック・ファニングなどウルトラが付くほど

肩甲骨が盛り上がってるが、コソトレ(こそこそ隠れてトレーニング)は

けっこう大切だ。

 

大昔、モルディブのドーニー(ボート)の上で

これ見よがしにヨーガというかストレッチをする

日本人サーファーがいたが、それを見たオージーは

陸で見えない場所でお願いしますよ、と私に

陰口を叩いた。同感だ。

 

最近、イギー・ポップを愛聴している。

御年70歳近いのに、見事なまでに

鍛えた肉体こそロッカーだ。

ミック・ジャガーもキース・リチャードも

デビッド・ボウイも、、ロックスターにデブはいない。

じゃ、ハワイアンは?あの太っ腹に下には

鋼鉄のような筋肉が控えている。

 

肩甲骨の可動域を広くすること、

太ももを鍛える、

これだけでサーフィンは確実に上達するはずだ。

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 17:22 | comments(0) | trackbacks(0) |-
サーフアドベンチャーの消滅

本日夕方、といってもすでに夜であるが6時から

千駄ヶ谷のブエノブックスで佐藤秀明さんの

写真展オープニングパーティーが開催され

伺った。芝田さん、ジッタさん、横山泰介さん、水口さん、森下さん、

ここで書ききれないくらいの時代を切り開いたサーフィン関係の

写真家、編集者が集い、数時間ここが世界の中心になった。

 

シドニーやゴールドコースト、トーケイなどで

サーフィン関連のパーティーが行われ出席するが

日本でも大人のパーティーが熱い。

 

江本陸さんと久しぶりに話す機会を得たが

「おい、矢口、サーフアドベンチャーが消滅したな」

江本さんはスリランカのアルガムベイを始めペルーや

南米、アジアの新地を開拓したサーファーで

ジャーナリストである。その江本さんが

サーフアドベンチャーの消滅を語るとき

私もここ数年、次はどこへ行こうか、と悩むとき

行きたい場所が果てしなくなくなっている点に

嘆いていたひとりである。

 

サーフツアーで行くサーフィンには癖久する。

金で波を買う、そこに抵抗を覚えている。

アンドリュー・キッドマンは豪華なヨットで

行くメンタワイツアーは悪だと言い切る。

同感だ。波があるかのか、いや波は愚か

滞在する宿、食事、移動手段すら保証されていない

場所へ波を求めて行く、これほど無垢な冒険はなかった。

 

初めて訪れたバリですらアドベンチャーだった。

1980年、ウルワツまで長い距離を歩いたり、

バイクで転倒したり、ヌサデュワでサメに囲まれたり

冒険以外の何者でもなった。

だってロスマン、滞在した宿には電気もガスもなく

夜になるとアルコールランプが運ばれて

それは幻想的だった。当時はマジックマッシュルームも

合法でレストランで食べることが出来た。

 

サーフガイドにサーフツアー、ネットには

世界のサーフポイントの波情報、ユーチューブには

地の果てまでの波の動画がアップされている。

 

ちぇっ、つまらない時代になったものんだ、

そうは言っても見たこともない波を求めて

どこかへ行く、それがサーファーの宿命だから・・・・・

 

PS 佐藤秀明さんの写真集を購入したが

最高です。オアフ島ノースショアーが

カントリーと呼ばれていた時代が鮮明に

写し出されています。宝石のような1冊です。

ブエノブックスのウェブからも購入可能です。

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 21:53 | comments(0) | trackbacks(0) |-
ヒジャブ

イスラム教徒の女性はヒジャブの着用を義務付けられている。

イスラム色が強い国になればなるほど、隠す部分が大きくなり

原理主義の国では目の部分だけが空いている全身覆い服になる。

 

近年、ヨーロッパの国々ではISテロ対策として

ヒジャブの着用禁止を訴える傾向が現れている。

シドニーのテレビニュースでは、男性がヒジャブを着用して

移動するが、誰もわからず「ヒジャブは危険」と言っていた。

 

話は飛ぶが、以前モロッコを車でサーフトリップして

いたときのことである。

小さな田舎町で一人の女性がヒッチハイクしていた。

暑くて乾燥して町までは遠い中、

私は車を停めた。すると草むらから女性が他に4名、

走り寄ってきた。

仕方なく延べ5人を載せた。

彼女たちは初めて見る東洋人に興味を持ったのだろうか、

頭部を覆っていたヒジャブを脱ぎ顔を見せて

全員がニコニコしていたのを忘れない。

全員若くて、車中はバラの香りに包まれた。

西洋の香水にはない本物のバラの匂いにうっとりした。

片言のフランス語で何を話したのかは覚えていないが

楽しい時間だった。

 

それ以来、ヒジャブとバラの香りが重なっている。

どうでもいい話だが・・・・・・

 

その日の夕方、アンカーポイントはサイズアップした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 19:57 | comments(0) | trackbacks(0) |-