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潮見表 日本
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サーフィン自粛に対して

サーフィン業界は全面的に

コロナ感染を防ぐために

サーフィンの自粛を要請しています。

 

個人で混雑を避けさえすれば

サーフィンするのは自由であると考えます。

 

ポイントのない県に住むサーファーは

県を越境しなかればサーフィン出来ません。

もちろん、「感染しない、させない、」が大前提です。

サーフィン以外の人、モノとの接触を避ける、

買い物、会合、移動、、、

サーフィンのために

友人との接触さえも避けましょう。

 

 

国家による県境の閉鎖、

県知事などが「うちの県来ないで」は

全ての者に当てはまらない、

誰もいない海に行き、

サーフィンすることを規制することは

危険です。

 

気が付けば

何もかも管理される世界に

突入しかねないからです。

 

大東亜戦争の大本営も

国家が国民を、国家の意志に

従わせるために行ったと聞いています。

何か似ている・・・・

 

サーファーは

外部からの強制的な自粛に

反対を表明するべきだと思います。


 

これをアップして大炎上するかもしれませんが

誰かが言うべきだと思います。

 

FO 自粛!

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 20:25 | comments(0) | - |-
As Rolling Stones

Like Rolling stoneではない・・・

ストーンズそのものだ。

 

陸さんから「これ最高だよ」と一報を頂いた。

ストーンズの「Living in Ghoast Town」

街には誰もいない、MVにはロンドン、大阪・・・

地上も地下にも誰もいない。

今だ、まさに現在進行形中だ。

 

コロナは一説によると

中国の武漢で開発された細菌兵器とのこと。

それでなくても出所は中国のようだ。

アメリカやフランス、エジプトの弁護士までも

中国に「損害補償」を求めた裁判を起こし始めている。

 

その間に、中国は尖閣諸島に軍隊を出し

本土では核実験までやっているらしい。

 

これが第三次世界大戦の始まりだとしたら・・・

迷惑だ。

 

サーフィンの邪魔をする者は

全部、全部、迷惑だ。

 

いまこそ, Love&Peace

Freedomと叫ぶときだ。

 

鵠沼に誰もいないなんて嫌だ。

「年中満員御礼」だから

鵠沼は面白い。

ハワイのポイントパニックだって

混雑するから、ポイントパニックだ。

 

2020年2月を境に世界は変わった。

今、着地点を模索して世界がアタフタしている。

 

戦争になるのか?

人類大隔離時代に突入するのか?

 

ともかくサーフィンの邪魔だけはやめてくれ。

 

Love&Peace 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 20:16 | comments(0) | - |-
春の終わり

最近、空が青い。

曇りの日でさえ、空が綺麗だ。

東西南北から吹く風が

それぞれ気持ちが良い。

 

大気圏外から見る地球は

3か月前と比べると、青いらしい。

 

使い捨てが美徳だったことが

間違いだったことが証明された。

 

世界の工場が生産量を減らしたら

大気汚染が減った。

きっと後を追うように

海洋汚染も減少するのだろ。

 

じゃ、コロナってなんだったのだろうか?

残酷極まる言葉だが、人口調整、

地球温暖化への警鐘、

過剰生産への歯止め、

 

その代償は・・・

人間同士の触れ合いが

感染源になるという恐怖と不信感、

東日本大震災の時は

危機を乗り越えようと

日本全国が絆で結ばれたが

コロナは真逆だ。

 

人間同士の信頼を失わせようとしている。

 

逆転するには、

自分の居場所を見つけることだろう。

決してすぐにはたどり着けないだろう。

でも、各々のエデンは在る。

探し続けることだ。求め続けることだ。

熱病患者の如く彷徨い、それでも

ネバーギブアップ、

 

そろそろ本題に入ろう・・・

 

その前に一曲

四人囃子で「空と雲」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 19:50 | comments(0) | - |-
サーフィン自粛しましょう

サーフィン自粛しましょう、、、

だって・・・・・・

 

5月10日売りブルーの連載コラム

フラッシュバックメモリーズに書いた原稿だが

発売が延期となり、没にするのもモッタイナイので、

以下に・・・

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

戒厳令のもと

Break On Through To The Other Side

 

Text and Photo 矢口唯史

 

あの頃、僕は若かった。波乗り最優先(サーフファースト)こそ

最高にカッコ良いと信じていたから無茶もした。

1987年、2度目のニアスで2か月過ごした後、

伝説のアルガムベイに向った。

 

噂では「ジェフリーズベイのトロピカル版」しかし戦争中で行けないと言う。

それでもペナン経由で夕方スリランカの首都コロンボに着くと緊張感が半端ない。

市内は全ての交差点に銃を肩にする軍隊、時より爆音を蹴散らし戦車が通り抜けていく。

早朝、人が動き出すのを見計らい「いざAベイへ」しかし全ての公共交通機関は閉鎖。

シンハリ人の古いタクシーが片道US100ドルという法外な値段で交渉成立。

しかし最終目的地まで50キロもないない町モノラグラまで着くと、

そこはタミール人の世界でドライバーは「これ以上いけない」と

僕を放置して一目散に逃げて行った。

 

シンハリ人とタミール人、さらにイスラムが絡む複雑な民族戦争なのだ。

一人残され緊迫感全開の中、「AベイまでUS100ドル」と棒で突かれ

トゥクトゥクに乗せられるとサーフボードが素早く乱暴に括られた。

道路の両側には色鮮やかな御棺がどこまでも並ぶ。

何度も検問を通過するたびにドライバーは何か(賄賂)を手渡し、

地雷で大きな穴が開いた悪路を抜けファッキン・ポッツビルに着く。

橋を超えればAベイだ。しかし、またしても放置された。

徒歩で荷物を担ぎ、500メートル先の頑強なインド軍が待ち構える

最後の橋の検問に入ると、手持ちのアラック(ココナッツ酒)を

取り上げられ軍用ジープに乗せられた。

橋を超え5分くらい走ると廃墟のような村に入り、

ロスマンの前で降ろされる。

ゲートか歩いて母屋に着くと2階から数名の白人、

豪州のゲイリー、スティーブ、ダーティーハリー&クレージーマリー、

NZのニックとグラハムがびっくりした顔をして「どうやって来た?」

 

戦火のもと我々7名はパーフェクトな波を乗り、

夜はジャングルから響く銃声音、完璧な波、

全員そろってのディナー、途中喧嘩もしたが、

トータルストーンした。

 

2カ月が過ぎ風が変わり始め去る時が来た。

全員でミニバスをチャーターしてコロンボを着き、

退役軍人宿舎のワンフロアーを貸し切り過ごした。

別れ際、肩を抱き合うと涙が止まらなかった。

生まれて初めて外国人との友情を覚えた。

”See You Later、また来年同じ場所で会おうぜ

そして翌88年実現すると村人たちは僕たちをクレージーAベイクルーと呼ぶようになる。

あれから33年、今でも連絡を取り合い全員がサーフィンを続けている。

何があっても波乗りを続ける。

 

世界が外出禁止令という人類最大の危機に直面する今、

「サーフィン界のために今は自粛を」とネット拡散する一方、

昨晩デビルマン西岡先輩が夢に参降り「おーいサーフィン行こうぜ!」と囁く。

打ち破るべき相手は何だろうか?人は「自然とともに」、

本来の姿に戻るべき時代がそこまで来ていることは確かだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

みなさん、サーフィンしないで、どれくらい我慢できますか?

今人格が試されているときです。

ちぇっ! 俺人格破壊者なのかな?

 

今晩は、カルメンマキ&OZの「崩壊の前日」聴いている。

 

だってやり過ぎだったんじゃないか?

24時間やってるコンビニ、

ひな壇に列をなして面白くもないことをしゃべり合うTV、

コンクリートで固められた海岸前、

山を切り崩し土砂を集めて、

森を切り裂きゴルフ場を作り、

川上で工場汚染を垂れ流し、

原発メルトダウンだってよ!!!

 

サーファーはシンプルに海の恩恵を受けているのに

なんで?海に入っちゃいけないのか?

他人に感染させるから?

そりゃ湘南の映像をTVで観たときは驚いた。

普通にサーフィンしてても、隣と距離感は礼儀だ。

PTと添田さんのスタビーズじゃないんだから、

 

続きはまた・・・

 

KEEP SURFING

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 19:49 | comments(0) | - |-
サーフィン自粛 ですか・・・

NALUに久しぶり寄稿した。

アイランドについて書いた。

かなり時間がなくNALUのSさんから

「締切、かなりギリなんですけど・・・」

毎度のことだけど、電話を受けたのは

福島だった。

夜7時のNHKニュース前の天気予報を見てたら

全国の天気の後にローカル天気があって

最後に「本日の放射能量」・・・

驚いた!こんなこと、まだやってやがる・・・

で、福島で東京五輪野球の第1戦が開催されるって???

 

何だが頭に来た!

その勢いで原稿を草稿したので

魂が揺れていた状態だった。

 

一方ではブルー誌では、よりによって

サーフィンとファッションについて書いてくれ!

俺じゃないでしょ・・・と反論したが

ページの割り付けもすでに決まっていた。

まあ時間もあるし、と思っていたら翌月号で焦った。

結局、いつもの「糞喰らえ」的な文章は校正後に

消えていたが、例によって書きたい放題書かせてもらった。

 

3月10日からハワイへ取材へ行く予定だったが

コロナでやめた。でも3月20日からアイランドへ行って、

やっぱり帰りの船の見送る友が手を振るのを見て

魂が揺さぶられて涙があふれた。

 

(ここから先は、今流行の炎上商法です

こんな奴いたら、うける、、、ですから

本気にしないで下さいね)

 

4月に戻ると・・・空気が変わり

サーフィン自粛だって!驚いた。

でもウルトラ明け方前からサーフィンしている。

大ヒンシュクだ!!!

みんなが我慢しているときにサーフィン???

君は非常識だ、サーファーの品格を下げている。。。。

でも海では殆ど誰にも会っていない。

誰もいないポイントで入水しているからだ。

往復もトイレに寄らず直行直帰

それでもダメだってさ。

 

ダメと言わたので海にはいかない、と嘘をついて

サーフィンに行く。本当に悪いと思っていないからだ。

 

むしろ本気で太陽を浴びて、海水に入れば

浄化されると信じている。

但し、あくまでも海の人口密度が果てしなくゼロに近い、

が私の条件である。

 

幸い、波情報も真剣に更新されず

天気図と外の風で予想を立てて

海に行く。

 

一方、湘南は混雑して道も渋滞、

134号線から見る海にはサーファーが!!!

そしたらみんなが怒り出した。

千葉も五輪やるつもりだから

ここで感染者出たら、サーファーの品格が落ちると

サーーーフィン自粛、の大号令だ。

 

サーファーも変わった。

大人になった?保守的になった?

偉くなった?

 

一方、私はカルメンマキ&OZの「6月の詩」を聴きながら

しびれた。

 

俺の知っているサーファーは、

福島原発メルトダウンで海への自粛ムードの真っ只中

最初に海に入り、

俺は、戦争中のサーフポイントに行き、、、、

この続きは・・・次回

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 20:58 | comments(0) | - |-
2024年パリ五輪

先の話になるが

2024年パリの五輪でサーフィンが開催される。

会場は、南フランス・ビアリッツでも

パリ近郊のウェーブプールでもなく

フレンチポリネシアン領タヒチらしい。

五輪は一都市で開催が約束と知っていただけに

驚いた。

第一、タヒチは一つの独立した国家だと

思っていた。フランス領だったのだ。

 

60年代、ロックは反体制のシンボルだった。

体制側は、ロックを体制側に取り込むことで

世の中の流れを変えようとした。

いつしかロックはポップになり下がり、

フェスは高額入場料を取る、ファッション的な

イベントに成り下がった。

 

国家は悪い奴が多く、頭が良い。

奴らは目を付けたのが

横乗りカルチャーと

60年代から連綿をヒッピーとサーファーが

創造した文化だ。

だから、サーフィンやスケートボードを

五輪に組み込み「スポーツ&エンターテイメント」に

取り組もうとしている。

つまり体制側のシステムのひとつにしようとしている。

 

これからは、エコロジーが金儲けになると気付くや否や、

サステナブルでデベロップメントのゴール(SDGs)などと

意味不明なカタカナを連呼して、

グレタちゃんは顔をしかめて、地球温暖化はいやーーー

と叫んでいる。後ろにいる大人は悪い奴ばかりだ。

子供も使っちゃだめだよ。

 

人に押し付ける前に、町のゴミをひとつでも

拾ってくれよ。

 

ともかく、サーフィンがシステムに取り組まれていくことが

嫌になった。

やっぱ、大人は信用ならない。

60歳になって改めて、大人にはなりたくないね。

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 20:39 | comments(0) | trackbacks(0) |-
無題

posted by: ozartsurf | - | 07:21 | comments(0) | trackbacks(0) |-
まだデレクさんと連絡が取れません

佐藤さんは、私のフィンレスを購入してくれ

Aさんは、2度目のDVD"Litmus&Glass Love"を購入・・・

また、A Little Helpのために、DVDをオーダーしてくれる

サーファーが多く、驚いています。

 

一昨日、デレクさんの口座へ入金しました。

入金は私のシドニーのANZの口座から直接です。

しかし本日、返金されてしまい、

現在、基金は宙に浮いた状態ですが、

必ず皆様方からの援助金を渡します。

またお名前、メッセージンも同様に届けます。

 

本来は私自身がいますぐバイロンへ行き

手伝いをするのが最善ですが、

私自身の判断で、基金作りが最善と判断しました。

 

デレクは、口が裂けても

「助けて!寄付してください!」とは

言いません。その類の人間ではないからです。

 

2011年3月・東日本のとき、

私が3月12日、「日本へ行く」と言うと

「明日はリーフが小さいが良い波が来る」と言い、

13日、JALのチケットを購入すると

「今は行くな」と言いに来て、

出発の前日、手作りのラザニアを焼いて

我が家に来て、みんなで食事をしました。

帰り際、東京で北風が吹いたら西に向え。

と目を赤くしてポツリと言いました。

デレクさんは片目が義眼なのに???

 

デレクさんの友人である西岡先輩は

他界する前に片足を失うと

「サメに食わせてやった」と

言っていたのを想い出します。

ある一定の域に達した先輩たちの言葉は

冗談なのか?真実なのか?

すぐには理解できない何かが隠されています。

 

個人的なことで恐縮ですが

今年還暦を迎え、

島で信頼できる人たちと出会えて、

少しだけ欲の方向性が変わりました。

「人は助け合うために集う。争うためではない。

ゴミは捨てるものではなく、拾うものだ。

人類の最終目的は、地球本来の美しさと共存することだ。

自然に勝るアートはない。芸術も数学も物理も自然を理解し

鑑賞するための手段である・・・」などと

帰路の船上で日記に記しました。

 

取り急ぎ、現状報告です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 16:35 | comments(0) | trackbacks(0) |-
A Little Help With Friends

佐藤君はフィンレスボードに真剣に取り組んでいるサーファーだ。

彼からデレクさん宅が全焼したらしい、と連絡が入っていたのを

朝気付いた。返信しつつデレクに電話をするがつながらない。

バイロンのデレクと仲の良い友人に電話をして事実であることを

確認した。

 

9月17日の深夜である。

 

いらなくなった洋服やサーフボードを送るようなことだけは

して欲しくない。

 

自ら「助けて、寄付を・・・」などとは

決して口にしないのがデレクだ。

金がなかろうが、食べ物がなかろうが

絶対に「乞う」ことはしない。

武士道と騎士道は同じ線上にある。

 

全ての物を失っても

生きている限り魂は輝き続ける。

1980年には南アフリカの試合中に片目を失ったが

さらにサーフィンを進化させた。

正確には62歳の今も進化させている。

 

バテンスやラリー・バートルマンのような

奇抜なラインをオーストラリアに持ち込み

独自の進化を推し進めた結果、

トライフィン一辺倒の時代を

古典的なフィッシュで引き裂き、

これ以上先はないだろうと思われた新世紀、

バギャンからフィンレスのダイスが振られた。

バギャンはモナベールとニューポートビーチの間の

マイナーなポイントだ。

多くはそこへ行きたがらない。

急で細い坂道を上り下りしなければ

着かないからだ。

雨でも降れば滑る、転べば痛い。

そこでフィンを取っ払ったサーフボードで

ヘリコプターのようにクルクル回り、

しばらくすると、直線と回転を織り交ぜ

次にはユーチューブでもお馴染みの

テールとレールを変幻自在に操る

新時代のマニューバーを完成させた。

ジャック・マッコイは目ざとく

デレクの協力のものと、ディーパー・シェード・・・

を完成させた。

 

余りの奇抜さゆえ

当初は誰も見て見ぬ振りしたが

バイロンベイの連中がデレクに影響され

フィンレスを真似し始めると

瞬く間にアメリカ西海岸、

そして四国の海部に飛び火した。

デレクの親友、千葉公平さんは

バイロンベイのデレク宅を定期的に訪れ

フィンレスを昇華させている。

「河口で最後まで乗れるんです。フィンがないから

水がなくなる砂の上まで行けるんです」

私は、日本では公平さんくらい心身ともに

研ぎ澄まされた人を知らない。

おっと、抱井さん、ノリさんも

頂点を極めているサーファーである。

 

話は飛んだが・・・

デレクさんは全ての物を失い、

きっと、こんな風にいう・・・

I would say I will find something new

when I lost everything I could have.

 

 

私にとってデレクさんとの出会いがなければ

今の自分はいない、ことだけは理解している。

デレクの友達の日本人だから・・・

それだけで、特別扱いされている。

でなけりゃ、世界有数のローカリズムの塊

ニューポートでサーフィン出来るわけはない。

 

 

さあて、何が出来るか、

自分自身が試されている時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 19:47 | comments(0) | trackbacks(0) |-
ウッドストックから50年を迎えるにあたって その1

1969年8月15日からニューヨーク郊外で

歴史的なミュージックフェスが開催された。

日本語では「愛と平和の祭典・ウッドストック」、

述べ3日間、実際は4日目の朝になっても

演奏は続いていた。

 

フジロック、サマソニ、グリーンルーム、、、

全てのフェスはウッドストックの影響下にあった。

ウッドストックは当初入場料を取る予定でいあたが

途中から無料になった。

「ロックで金儲けするな!」そんな風潮に

満ち溢れていた。

今のフェスを見ると、当時のヒッピーテイストが

オシャレに取り入れられている。

ロハス、スローライフ、ヨーガ、オーガニック

インディアン式テント、野外、シェアー、、、、、

でも決定的な違いがある。

ウッドストックは遊びではなく集会だった。

10代から20代の若者はベトナム戦争に

いつ派兵されるかわからない状況で、

女性は劣っているとされ、

黒人は白人とバスだって別の席だった。

 

戦争と行かされる恐怖、

差別、環境破壊、、、、

そんな環境で、大人たちは

「真面目にやれ、ドロップアウトするな

大きな家こそ、勝者の証だ

大きな車こそ、富の象徴だ

きれいな庭の芝生こそ、緑の美しささ、」

そんな教育を、洗脳をされた若者たちは

ティモシー・リアリーらによって

初期化される。

脳みそが空っぽになり

クリアーになると

価値観が別の次元に移行する。

 

Turn On, Tune In, Drop Out !

あれから50年、

Love & Peace FREEDOM

と叫ぶ時が来た。

 

見てごらん、海はプラスティックまみれだ。

私たちの母である鯨を殺戮する商業捕鯨が再開される。

天に向かってつばを吐くマザーファッカー、

これは許されないことだ。

ウッドストックから半世紀、

僕たちは時代の節目にいる。

 

ウッドストックのラストシーンは悲しい、

50万人が去った後には、壮絶なゴミが残されている。

泥まみれで、絶望的に見える。

しかし、ほんの数人が黙々をゴミを拾い始めた。

ここに光が見える。

 

それを実行し続けている人々が集う島がある。

自己再生パラダイムシフト島である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 09:28 | comments(0) | trackbacks(0) |-