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潮見表 日本
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感受性

人生で14歳の時に聴いた音楽が

その人の一生を少なからず左右するという

記事を読んだ・・・またネットニュースか?

とおもいつつ、自分に当てはめる。

14歳・・・1973年といえば

初めてデビッドボウイを渋谷公会堂と新宿厚生年金ホールで

見て、ロックとセックスに触れた。その前に

GFR@後楽園球場(前座はフリー?)、レッドツェッペリン‘武道館

スリードッグナイト、、、多くの外タレのコンサートを

母に連れられ行ったが、独りで自分の意思で言ったのはボウイだった。

翌年、日本初来日のサンタナ、エリッククラプトンで開花した。

自慢だが、楽屋口でボウイにほっぺにチュされた。僕はまだ14歳、

翌年武道館の出口でカルロスサンタナに握手してもらい

パンフレットにサインしてもらった。同年、赤坂のビブロスで

ヨレヨレのクラプトンに握手してもらい、イボンヌ・エリマンにハグされた。

まら子供だったから、ロックスターは東洋の子供が珍しく

僕も可愛らしかったのだろう?

 

60年中頃、うちの伯父貴は芸能界の問題児?だったのか

六本木のニック(進駐軍相手のピザ屋ニコラスに店長)と

フランク・シナトラの興行権が揉めて、ピストル持って

争い、結局横浜から船でサンフランシスコへ渡る。

やがて音楽業界に身を寄せ、坂本九の「スキヤキ」を

ビルボード1位にして、その後、渡辺プロのUSA代表になり

クイーン、スティーヴィーワンダーなどを招聘したり

稼いでいた。今は仕事は引退、犬と遊んでいる。

渡米当時、母にアメリカでヒットしているレコードを

定期的に箱で送ってきてくれそれを聴いて育った。

ドノバン、ジョニー・ミッチェル、サンタナ、グレートフルデッド

ボブディラン、ニールヤング、フィフスディメンション、メラニー、、、、

今でも家にある。

 

それらが14歳から聴いいていた音楽だ。

18歳でアメリカ西海岸へ渡り

朝はサーフィン、夜はコンサート三昧、

ボズ・スキャッグス、ロック・ダンコ、オールマンブラザースバンド(デュアンなきあと)

WAR,フリートウットマック、タワーオブパワー、ドナサマー、、、、、

音楽への感性が鋭角になり、ラジオ番組で選曲をアルバイトして

おこずかいを稼ぎ、ディスコへ通い始めた。

もっとも中3くらいから家が遠くないので六本木で

悪友と遊びに行った。母のアメ車で東麻布の悪友をピックアップして

東洋英和の裏に車を止める。長い塀が続く車を止めるのは

最適の場所で、ディスコ帰りには爆音が塀の向こうから流れていた。

ブリジストンのお子息、ギター成毛滋、ドラムス角田ヒロ、ベース高中正義

3人バンド・フライドエッグが練習していた。

夜が開けてもしばらく聞き入ってから帰宅した。

それでも両親は寝ていたので、無免許運転はながいことバレなかった。

夏はロアビルの向かいの進駐軍相手のハンバーガショップ

「バーガーイン」で深夜バイトをした。

常連客はクールズ、リーゼントのバイキー(暴走族とは違いハーレーなどにのっている)

ロッカー、酔いつぶれたモデル、ファッション関係、、、ジャンキー、、、プッシャー・・・

唯一子供だったんので、いじめられたが、その倍優しくされ

その当時のコネが成長にプラスになったようだ。

 

ここまでは高校1年まで、、、to be continued

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) |-









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