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潮見表 日本
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〆切

雑誌に原稿を書かせてもらい、もうすぐ20年。

最初は日之出出版のファインだった。

シドニーから東京へ出稼ぎで訪れていた際に

時間があったので銀座の本屋で

サーフィン雑誌を立ち読みしていた。

一番派手なのがファインで、編集部も

八丁堀と歩いて行ける距離だったので

とりあえず訪問した。

 

「世界のサーフィン」というページがあったが

ハワイとカリフォルニアだけで、

オーストラリアはなかった。

何とかアポなしでも編集部の方は会ってくれた。

とても素敵な女性で「オーストラリアのページがない理由」を

尋ねると・・・「書く人がいないから」、、、

ここにいいますよ・・・・

そんな感じで毎月連載が始まり、

並行してシドニーの日本人向けフリーペーパーにも

サーフィンの記事を書くようになった。

 

気が付けば、NALU、サーフトリップジャーナル、

今は無きサーフィンワールド、サーフファースト、

そしてブルーの創刊と、取材と原稿書きのために

サーフィンが忙しくなった。

サーフィンして稼いでこれもプロ、

でもサーフィンジャーナリストでも

超えてはいけない一線に気付いた。

 

それを守り続けた。

でもブルーで一線を超えた。

7月10日売りの号の連載「フラッシュバックメモリー」で

サーフガイド、サーフィンパッケージツアーのことに触れた。

もしかしたら書いてはいけないことかもしれない。

 

でも、感じたことは機会ある限り書く事にした。

やっぱ、サーフィンはパッケージツアーではないでしょう。

カネ払ってサーフガイドもなしでしょう。

土地のローカルと仲良くなり

お礼にいっぱい奢るとか、ボードを置いていくとか

感謝の示し方は、少なくても現金ではないはずだ。

でもガイドとツアーという仕事は存在して

それで生計を立てている人もいるから・・・・

複雑だけど、やっぱJALパックみたいな

サーフィン旅行、ダイビングみたいなガイドさんは

サーフィンには適していないように感じる。

 

もっともバリで、ここはガイドなしじゃ入れないぞ、

と、英語とインドネシア語で

全身タトゥーの怖そうなバリニーズに凄まれたが、

同行のオージーが、ふんじゃ、隣のピークへ行こうと

すぐ隣でサーフィンした。

陸に上がるとガイドが日本人を6人引き連れ

別人のような笑顔で、変な日本語を喋っていた。

 

なんだか、これじゃサーファーが

ダサくなっていくように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 21:15 | comments(0) | trackbacks(0) |-









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