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潮見表 日本
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「アジアンパラダイス」Number-2

 「アジアンパラダイス」Number-2

そんな風潮の中、石井さんはカリフォルニア、ハワイ、オーストラリア、南アフリカ、メキシコと世界の最前線で取材。何よりも重要なのは自信がその場で傍観者となることなく、頑強なラインアップにパドルアウトして、主人公を数メートルの距離からメディアとして見ている事であろう。しかも自身はしっかりその場で波に乗っている。松部とタコスでお見受けした程度で恐縮ですが、そうに違いない。1980年、オーシャンライフ社から独立してハイパブリケーションを創設して「サーフィンクラシック」を創刊した。通称SC、クラシックの意味を私ながらに解説させて頂くならば、77年サーフィンワールド写真集で抱井保徳が「クラシックな西浜」と完璧な西浜の波を形容したのが最初ではなかろうか?その単語選びに僕は痺れた。そして波が良い日に真似をして「クラシックじゃん」とか意味不明なことを口走るようになった。電撃的感化である。抱井さんを初めて見たのは70年代終わりに近いその西浜、初心者の自分には軽くオーバーヘッド、今思えばコシ〜ムネかも知れない。ノーリーシュで沖に来て、ボードを沖に浮かべて、セットの波をボディーサーフィンを何度か繰り返して、やっとサーフボードにテイクオフすると、その波はその朝一番の波で、チューブの奥深くに消え飛び出てくるやスパーーーンと波の裏から見てもスケッグ丸見えみたいなリッピングを決めて、陸に戻って行きました。これ以降、私にとって抱井さんは完全にアイドルになったのです。まわりを威圧することなく、それどころか雰囲気が和む、正確にはルールが守られる、みたいな。ともかく話は長くなるので、緑香る茶でも焚きながら、時間は充分にある。4年後の1984年、SCでの公約通り日本初の本格サーフィン映画「アジアンパラダイス」が公開されたのです。私は東京の九段会館で2度観てさらに感化されました。当の石井さんは全国上映が終わると、さらにもっと波に乗るためにメディアからも消えた。

「熱狂的愛読者」の私はSCが出るのを2カ月に1度楽しみにしていた。月間でなく隔月、正直今でもサーフィン誌はそれで良、それどころかUSAサーファージャーナルのように年5回とか季刊誌でも良いと思う。当時文字に接する機会は必要最少限であったが、SCは記憶するほど読み完全に架空の世界にのめり込んだ。だってパイプラインやサンセットビーチ、パダンパダン、グラジガンと現実には不可能な波ばかりである。サンセットビーチが4フットの日、つまり6フットのセットも稀にはであるが入る朝、ミルトン・ウィリスがシェープした7’2”で沖を目指し案の定その6フットの波が目の前で崩れた。ボードものとも小葉微塵、リーシュは切れ、深い水深に押し付けられ降参した。雑誌の中と現実の差をさらに思い知らされたのは「見てこい」と言われて行ってしまったグラジガンの1週間だった。よりによって植田さんの寒川の工場まで行って削ってもらったジェリー・ロペスの迷彩色の2本、6’1” と7’2”でグラジガン、ロック歌手やギターリストのファッションの真似なら金さえ出せばできるが、ロックスターのようにギターは弾けない。だが時に美女がいとも簡単に落ちるが如く、スパイスアイランドでドアが開かれた。この話を始めると本編に行く前に尽きてしまうので。ともかく私は4年間勤めた会社を辞めてアジアンパラダイスの足跡を辿った。ニアス、バリ、ヌサ・レンボンガン、グラジガン、最終的には4年間に及ぶ旅、、、その話は「会社やめて遊―ぼ」でご覧ください。(後日公開予定)(※「会社やめて遊―ぼ」のフレーズは抱井さんがワールドのレターズでオーストラリアのゴールドコーストからフォトグのジッタさんに当てた手紙のタイトル。)

「アジアンパラダイス」、通ぶって言えば「エージャンパラダイス」、通称「アジパラ」、なぜかエジパラにはならなかった。ともかく何だかアジのひらきみたいだけれど、SC読者は「ストームライダース」を見てニアスのシーンに痺れ切ったはずだ。ソートン・ファレンダーがジャングルをバックに完璧なライトハンドのチューブを中腰で走り抜け、それは信じがたいチューブライドだった、が、そこからがさらにすごい。チューブから出てくると大きく緩やかなスロープを右手でレールを掴みカットバック、そして後ろから崩れる白波にバックサイドで当て込んでライディングの最後を締めくくった。シビレた! その旅に合流するジャパニーズサーファーは添田博道、戸倉さん、蛸操、市川武昌、そして我らがエディターの石井さん。そのストーリーはサーフィンクラシックで見ることができるが、その辺のサーフィン誌の10年分くらいインパクトがあった。かつして雑誌を真に受け
1986年、実際僕がニアスで体験したトリップとは(後日公開、それほどのものではないのですが)翌87年は万全を期して2か月のニアスでジャングルフィーバーを体験した。確かに脳ミソにまでヤシの木が生えると人間だって多少は変わることを知った。


NIAS

Photo from "Storm Riders" by Dick Hoole







posted by: ozartsurf | - | 10:13 | comments(1) | trackbacks(0) |-
明けまして おめでとうです

最近 でかい波 乗れなく  

悔しです。モチベション 立て直して

ガンバです たこ焼き 

やってますよ

知人宅にて
| まっちゃんです | 2010/01/06 10:24 PM |









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