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R.I.P ミジェット・ファレリー

悲しいニュースが飛び込んで来た。

ミジェット・ファレリーさんが他界した。

 

1962年マカハのワールドチャンピオンシップで

優勝。2年後の1964年オーストラリア初の

ワールドチャンピオンシップがシドニーのマンリーで

開催され、本場カリフォルニアのビッグネームを

破り優勝。この日を境にオーストラリアでのサーフィンは

国技となった。ちなみにオーストラリア初のテレビ生中継は

このコンテストで全豪中にオンエアされた。

 

個人的話で恐縮だが、2001年離婚してからしばらく

シドニーのパームビーチで隠遁生活を送った。

家の下は海でベッドルームから水平線から昇る朝日を

毎日見て、犬たちとビーチへ降りていく。

サーフィンをしている間、犬たちはタオルの上に陣取り

私を待ってくれていた。とても孤独だったが

この隠遁生活中、数多くのサーファーと仲良くなれた。

 

ミジェットさんは誰もいないノースパーミーやキディーズで

華麗なサーフィンをしていたが、サーフカヌーに乗る日も多かった。

またマウンテンバイクで急な坂をグイグイと昇る姿も印象的だった。

ビーチを走る姿もあった。

 

ある冬の午後、うっかりウェットスーツを忘れて

ビーチヘ降り、天気も良いのでボードショーツで

沖へパドルした。いつものメンバーにミジェットさんも

いて、私を見るなり、ヘイ、昔のオージーみたいだな、

と笑いながら話しかけてくれた。

私以外、全員フルスーツだったが、なぜかあまり寒いとは

感じなく、楽しいひと時だった。

 

しかし現在の妻は私よりミジェットさんと話す機会が

多く、ミジェットさんは日本を訪れた話や

鈴木正さんと一緒にサーフィンした話をしたそうだうだ。

だから私の名前を覚えてくれたのかもしれない。

 

娘さんたちはサーフブランクスの会社をミジェットさんと

経営して、エリザベスさんはとても品の良い方である。

 

御年71歳、オーストラリアサーフィン界にとって

最も悲しい1日である。

 

ナットヤングと対照的な存在、クリーンで上品で、、、、

 

まだミジェットさんが他界されたことを

信じられない。

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 16:57 | comments(0) | trackbacks(0) |-









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