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潮見表 日本
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世界の真ん中にいて

サーフィンを始めて来年で41年目、

10代後半、流行りで手を出したことが

人生の中心になると夢にも思っていなかった。

 

何をやっても長続きしなかった子供時代、

どうせサーフィンも一過性だと思ったが、

来年60歳、「残りの人生、あと何本波に

乗れるか?」と本気で考え始める。

 

サーフィンを始めて

ビーチや岩場にプラスティックバッグや

漂流物が増えていると感じてた。

千葉や宮崎、湘南や茨城だけでなく

沖縄のスーサイドに流れ着くハングル語の記載された

ポリタンクの数の多さに愕然とする。

台湾も、モルディブも、オーストラリア東海岸も・・・・

世界中の海岸線が汚染されている。

 

日本中の砂浜が減少している。

稲村ヶ崎は、砂浜の指定を受けられなくなった。

134号線に打ち寄せる波は道路を削る。

世界中で同じことが起きている。

 

専門家は地球温暖化が原因というが

そうではないと思う。

過度の乱開発、テトラポットを含めた防波堤、

が原因だと思う。防波堤がなければ

海岸線に住む人たちが危険に晒されるだろう。

しかし、少しだけ内陸に移り、

あるがままにするのが自然である。

 

シドニーのコラロイに場違いな高層建築物が

立っている。ほんのある時期、法の目を潜り

建築された物件で、波の驚異にさらされ

土台が侵食されている。

このままでは危険だ!と海にコンクリートを

投入しようとしているが、これ無駄、

儲かるのはコンクリート屋と土建屋だけで、

損をするのが未来のサーファーだ。

 

サーファーは自然と対峙しながら

海岸線問題、環境汚染問題と

いつの間にやら、核心の真ん中にある存在になった。

 

これから先、次ぐなる問題は、クソみたいなAIだ。

波情報、位置確認、自動波探索記、シェープマシーン、

ウェーブプール、超小型パドルモーター付きボード・・・・

サーフィンにおける人間の自力以外の開発は

全て悪だ。

なぜなら本能を退化させるからである。

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 08:48 | comments(0) | trackbacks(0) |-
ドン・タッチ・グリノフ

いつだってテリー・フィッツジェラルドは

本気だ。ある日、モナヴェールのファクトリーへ寄ると

「いますぐそのTシャツを脱げ、俺の前にそのTシャツで

二度と現れるな」とすごい剣幕で怒っている・・・

生地は分厚く汗は吸わず、質の悪さは一品だが、

マイケル・ピーターソンのマーク入りのお気に入りの1枚だった。

とりあえず、脱いで裏返しに着ると、倉庫からホットバタードの

Tシャツを投げつけきた。渋々着たが柔らかくて気持ちよかった。

 

テリーさんは「マイケル・ピーターソン(MP)に多くの若者が憧れ

同じ道を踏み外し、サーフィンから離れていった。

マイケルの功罪は許されない」と長々諭された。

 

しかしMPのTシャツで得をしたこともある。

日本からシドニーに戻ったとき、

税関には目も当てられないほどの長蛇の列、

割り込んでくるチャイニーズ、イケイケのアラブ人、、、

犬を連れた税関職員・・・・その犬連れが私の隣に

ピタリと寄り添い、「おい、MPのTシャツどーした?」

オレ「MPサーフボードを日本で売っているんだ」

「シドニーに住んでいるのか?」

オレ「ニューポートビーチだ」

もうこの時点で普通なら「お前ジャンキーかプッシャーだな」

が通常の流れだで、その職員は、「こっちに来い」と・・・

いやいや、別室で検査、、しかもこの歳でかよ。

しかし廊下を過ぎてドアを開けると、いきなり送迎の客で

溢れる外の世界だった。

職員は「おれもMPが大好きだ。今日は南うねりで北西の風だから

ニューポートもいいぞ、早く戻れよ!」

 

乗合バスで帰宅すると、リーフがブレークし始めていた。

そして沖へ出ると、デレク・ハインドが「今からうねりが入る

良いタイミングだ」と大声で叫ぶ。ここはおれの第二の故郷なのだ。

 

 

デレクさんの師匠はテリーさん、そのテリーさんに

バイロンへ行くのでグリノフにインタビューする機会を得た、と

伝えるとドン・タッチ・グリノフと言う。

WHY NOT?

テリーさんは「奇人だ、理解できない、時間の無駄だ」と頑なだ。

 

シドニーから8時間、バイロンのブロークンヘッドは

当時ゴールデントライアングルと呼ばれていた。

別にヘロインの産地なわけではない。

グリノフ、ラスタビッチ、ジャック・ジョンソンが家を構えていたからだ。

グリノフの家山の上で、ディック・ホール師匠が案内してくれた。

ディックさんは、グリノフのライフスタイルに深く共鳴している。

自給自足、まさにリッチなヒッピー、何もかも自分で創る。

 

スプーンボード、エッジーボード、ミニボード、マット

得体の知れない破片、、、、全てビークルだそうだ。

この話は次回・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 21:33 | comments(0) | trackbacks(0) |-
カリフォルニアランチを終えて

カリフォルニアおウェーブプールで

WSLの1戦が開催された。

予測通りブラジリアンが優勝、

怪我で試合から離れていたケリー・スレーターが

上位に食い込んだ。当然だろう、ケリー自身が

グレッグ・ウェバーのアイディアを盗用して

一財産を築くために発案して完成させたプールだ。

多分。本気で優勝を狙っていた。そのために

今年の試合でスーパーショートボードで

勝ち目的なく奇妙なサーフィンをしていた。

 

1本約45秒のライディングでチューブの長さと

リップ、エアで得点が構成される。

どの波を選んだから得点が上がるわけでない。

カレントもない。1本乗ればジェットスキーで

テイクオフポイントに運ばれる。

だからダックダイブも沖へ出るパドル術も

パドル力も差につながらない。

海の知識もいらない。

予想外の波も来ない。

波というよりは、動いている水の上での演技、

何だかスケートボードやフュギュアスケートの域に

入ったように見える。

 

観客はきっと「俺でも練習すればある程度出来る」と

思うだろう。そして出来るであろう。

プールに通いつめ、反復練習雨をすれば

上達する。海と違っていつも同じ水が崩れるから

波がない、オンショアー、チョッピー、雪が降っている

でか過ぎる、サメがいる、リーフが浅すぎる、、、、、

そんな心配はない。

金と時間さえあれば、ほぼ確実にユーチューブで見る波を

得られる。

 

綺麗に崩れる波の上で演技するサーファーを見るのも楽しい。

でも、すぐに飽きた。

しばらく見て、これはサーフィンではないと考え始めて

30分が過ぎ、これはサーフィンをダメにすると確信した。

 

サーフィンの魅力を低下させる。

例えば、ニアスの波を得るには

先ずはインドネシアのハブ空港に入り

そこからメダンへ飛ぶ。そしてスマトラのジャングルを

縦断して、クソみたいなシボルガから

いつ沈んでも文句が言えないボロくて臭くて

鶏や豚を満載した木の船でガングンシトリに渡る。

そこから車で天気に恵まれれば10時間、

激流が流れる川を渡るが、下を見ると

川が流れている。つまり穴だらけの橋、というか

丸太がかかってるだけで・・・・

車は行き止まりに突き当たり

そこからは歩くこと30分、

やっと着いたラグンディには

パーフェクトな波がある。

でもピークには30人、ロスマンから

自分の順番を待ちながらサーフィンを眺めている

サーファーの数は300人、、、、、

だったらニアスみたいなプールに行ったほうが

効率的だったして。

マラリアの心肺もないしね。

 

だ・か・ら・

サーフィンは冒険でなくなり

サーフィン雑誌はファッション雑誌に変貌を遂げ、

サーフィンDVDが消えユーチューブが発達して

サーフショップの経営が難しくなり

ネットでワンクリックにするショッパーばかりになり、

波の大きい日にも

ネットで調べた通りに、カレントに乗って

沖には、デブと品のない自称サーファーが

プカプカ浮いている。

 

時折、アウトサイドでブレークする波のことまで

ネットには書かれていないようで

デブと下品は白波に飲まれて一掃される。

もう一度沖を目指すも、強い流れと恐怖が

岸に引き戻す。バイバイ・・・と

 

やっと昔のDVDがディック・ホールさんから

届いたのでアップしましょう。

どんなにがんばっても、こればかりは

全編通してユーチューブでも見られません。

もっとも古すぎて画像も荒くて

知識のない方には、面白くないでしょう。

 

私には宝石ですが・・・・・・

 

FxxxK wave poooool

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 19:50 | comments(0) | trackbacks(0) |-
WSLウェーブプール

USA西海岸時間の9月6日、だから日本の今週末から
プロサーフィンレッグにいきなり、密かに、
新たに加えれてたサーフランチプロ、
開催場所はカリフォルニア・・・・
といっても内陸だ。

恐ろしや、なんとウェーブプールで試合が行われる。
プールを設計したのはケリー・スレーター、
長年かけてパーフェクトウェーブを人工的に
創り出すことに執念を抱き、まるでリトルニアスのような
チュービーな波、しかも長い波を完成させた。
だが実はグレッグ・ウェバーの技術を拝借、
はっきり言えば盗んだという説が強い。
その証拠に弊社より販売しているDVD「リキッドタイム」は
グレッグと、弟のモンティーが制作した
人口波の映像集だ。グレッグは巨大な壁を移動させながら
波を押し出す方式で、長く完璧なチューブを完成に近づけた。
しかしケリーはその技術を・・・
まさか、あの王者ケリーがそんな姑息なことをするわけがないと
信じていたが、、、、V11を達成したケリーの次なる目標は?
もしかしたら世界中にウェーブプールを作りその利権で
大儲けすることだったりして?

ともかくワールドサーフリーグ全11戦の1戦が
プーーールで行われる。
90年代、宮崎のサーフガイアで行われた
プロの1戦はサーフィン史上歴史に残る
最悪な出来事だった。波も空気も何もかも
最悪だったが、最悪の最悪はスチワート・ベッドフォード・ブラウニーが
優勝をさらっていったことに尽きる。
デレク・ハインド曰く、プロサーフィンの一員として最悪と
呼ばしめたスチワートは、サーフィン及び人的性格も
私が知る限り最悪である。

実家は西オースラリアのワイナリー、超がつくほどのお金持ちで
しかもハンサムで当時はシドニーのアバロン部落の住民だった。
実はホエールビーチで何度も彼のサーフィンを見たが
ともかく派手、しかし何の感動もない無機質。
比べるのも烏滸がましいが、ある時期スチワートと
ともに仕事をしていた
同じエリアで元ワールドチャンプの
バートン・リンチは、テイクオフからショアーブレークまで
波へが敬意を感じられた。また、波を譲る行為は
美しく尊敬せざるを得なかった。
一方スチワートは力任せに弱い者にスネークするは
邪魔はするわ、優しいマッティ叔父さんさえ
「あいつ雰囲気悪すぎ」と口にした。
しかもスチワートに聞こえるように(注意するために)
大きな声で言っても、が、スチワートには届かない。

だから誰もが、スチワート・ベッドフォード・ブラウニーは
最悪だと口を揃えて言う。

ちなみに当時私の双子の愛犬の名前はブラウニーで
いい迷惑を食った。「俺と同じ名前?嫌だな・・・」と
ブラウニーがスチワートの間で囁いたが
やつは聞こえないふりをしていた。

ともかくウェーブプールでのコンテスト、
いやサーフィンそのものに寒気をさえ覚えている。
そして悪夢が再びか?
前回と異なり、波はパーフェクト、しかも東京オリンピック目指して
同じ仕様が千葉県の木更津で建設されている。
つまり巨大なビジネスが世界で動いている。

ランチには世界中のトッププロ達が招待され
最高な波をエンジョイして絶賛する様子がユーチューブで
流れ、なんとその中には神様ジェリー・ロペスもいる。
もうこの流れを変えることは出来ないのだろうか?
だってプールでサーフィンは冗談の域で
そこで本気になったら海に対して失礼ではないだろうか?

選手たちに悪知恵を授けるトップシェーパーたちも
続々と現れ、ゴールドコーストのダレンは
フロントサイド用、バックサイド用の2本を
選手たちに提供している。つまりプールには
2本要るから買え!である。
普段より短く、オーエン・ライトの場合は
同じデザインを6'2から5'10に短くしているらしい。

きっと試合はチューブインの長さと
エアの高さだけを競い合う時代になる。
予期せぬ波にバックサイド・リエントリーをかけるウェイン・リンチ、
深いボトムターンから加速するテリー・フィッツジェラルド、
ボウル状の壁でフルレールのカービングから
ラウンドハウスカットバックをするトム・カレン、、、、
きっと彼らなら魂を売らないだろう、そう信じたい。
神様ジェリー様は、商売の神様でもあることを忘れてはいけない。
もちろん、サーフィンの神様なのはプールでも変わらない。
だ・か・ら・・・困っちゃうーーー

サーフィンがソウルからデジタルに変わる
恐ろしい瞬間は、今週末。
プールのエンジンが壊れるか、停電しない限り
試合は行われる。
何も大きさ、風、タイド、天候に左右されないんだ。
だからテレビ中継にもぴったりカンカン!

Show Must Goes On・・・fUXXXXk

プールで糞でもひねるか?
うんこがチューブを巻いたら、
きっと自動清浄器で瞬時に掃除されちゃうんだろうね。



 

posted by: ozartsurf | - | 22:23 | comments(1) | trackbacks(0) |-
プラスティックバッグ

オーストラリアのレジからも

プラスティックバッグが消えつつある。

必要なら1枚10セント、だから

みんなエコバッグを使う。

 

通称ビニール袋は確実に地球を汚染している。

インドでは使用禁止になった。

 

バリ島、カリブ海、相模湾、、、、

人が住んでいる海は、

人口密度に応じてプラスティックバッグで

溢れている。

 

魚やイルカ、、、生物が口に入れ

命を落とす。

 

プラスティックバッグは

使わないことを徹底してみてはいかがだろうか。

スーパーやコンビニで

ビニール袋を要りません、

の一言が「かっこいい」ですよ。

posted by: ozartsurf | - | 17:46 | comments(0) | trackbacks(0) |-
感受性

人生で14歳の時に聴いた音楽が

その人の一生を少なからず左右するという

記事を読んだ・・・またネットニュースか?

とおもいつつ、自分に当てはめる。

14歳・・・1973年といえば

初めてデビッドボウイを渋谷公会堂と新宿厚生年金ホールで

見て、ロックとセックスに触れた。その前に

GFR@後楽園球場(前座はフリー?)、レッドツェッペリン‘武道館

スリードッグナイト、、、多くの外タレのコンサートを

母に連れられ行ったが、独りで自分の意思で言ったのはボウイだった。

翌年、日本初来日のサンタナ、エリッククラプトンで開花した。

自慢だが、楽屋口でボウイにほっぺにチュされた。僕はまだ14歳、

翌年武道館の出口でカルロスサンタナに握手してもらい

パンフレットにサインしてもらった。同年、赤坂のビブロスで

ヨレヨレのクラプトンに握手してもらい、イボンヌ・エリマンにハグされた。

まら子供だったから、ロックスターは東洋の子供が珍しく

僕も可愛らしかったのだろう?

 

60年中頃、うちの伯父貴は芸能界の問題児?だったのか

六本木のニック(進駐軍相手のピザ屋ニコラスに店長)と

フランク・シナトラの興行権が揉めて、ピストル持って

争い、結局横浜から船でサンフランシスコへ渡る。

やがて音楽業界に身を寄せ、坂本九の「スキヤキ」を

ビルボード1位にして、その後、渡辺プロのUSA代表になり

クイーン、スティーヴィーワンダーなどを招聘したり

稼いでいた。今は仕事は引退、犬と遊んでいる。

渡米当時、母にアメリカでヒットしているレコードを

定期的に箱で送ってきてくれそれを聴いて育った。

ドノバン、ジョニー・ミッチェル、サンタナ、グレートフルデッド

ボブディラン、ニールヤング、フィフスディメンション、メラニー、、、、

今でも家にある。

 

それらが14歳から聴いいていた音楽だ。

18歳でアメリカ西海岸へ渡り

朝はサーフィン、夜はコンサート三昧、

ボズ・スキャッグス、ロック・ダンコ、オールマンブラザースバンド(デュアンなきあと)

WAR,フリートウットマック、タワーオブパワー、ドナサマー、、、、、

音楽への感性が鋭角になり、ラジオ番組で選曲をアルバイトして

おこずかいを稼ぎ、ディスコへ通い始めた。

もっとも中3くらいから家が遠くないので六本木で

悪友と遊びに行った。母のアメ車で東麻布の悪友をピックアップして

東洋英和の裏に車を止める。長い塀が続く車を止めるのは

最適の場所で、ディスコ帰りには爆音が塀の向こうから流れていた。

ブリジストンのお子息、ギター成毛滋、ドラムス角田ヒロ、ベース高中正義

3人バンド・フライドエッグが練習していた。

夜が開けてもしばらく聞き入ってから帰宅した。

それでも両親は寝ていたので、無免許運転はながいことバレなかった。

夏はロアビルの向かいの進駐軍相手のハンバーガショップ

「バーガーイン」で深夜バイトをした。

常連客はクールズ、リーゼントのバイキー(暴走族とは違いハーレーなどにのっている)

ロッカー、酔いつぶれたモデル、ファッション関係、、、ジャンキー、、、プッシャー・・・

唯一子供だったんので、いじめられたが、その倍優しくされ

その当時のコネが成長にプラスになったようだ。

 

ここまでは高校1年まで、、、to be continued

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) |-
〆切

雑誌に原稿を書かせてもらい、もうすぐ20年。

最初は日之出出版のファインだった。

シドニーから東京へ出稼ぎで訪れていた際に

時間があったので銀座の本屋で

サーフィン雑誌を立ち読みしていた。

一番派手なのがファインで、編集部も

八丁堀と歩いて行ける距離だったので

とりあえず訪問した。

 

「世界のサーフィン」というページがあったが

ハワイとカリフォルニアだけで、

オーストラリアはなかった。

何とかアポなしでも編集部の方は会ってくれた。

とても素敵な女性で「オーストラリアのページがない理由」を

尋ねると・・・「書く人がいないから」、、、

ここにいいますよ・・・・

そんな感じで毎月連載が始まり、

並行してシドニーの日本人向けフリーペーパーにも

サーフィンの記事を書くようになった。

 

気が付けば、NALU、サーフトリップジャーナル、

今は無きサーフィンワールド、サーフファースト、

そしてブルーの創刊と、取材と原稿書きのために

サーフィンが忙しくなった。

サーフィンして稼いでこれもプロ、

でもサーフィンジャーナリストでも

超えてはいけない一線に気付いた。

 

それを守り続けた。

でもブルーで一線を超えた。

7月10日売りの号の連載「フラッシュバックメモリー」で

サーフガイド、サーフィンパッケージツアーのことに触れた。

もしかしたら書いてはいけないことかもしれない。

 

でも、感じたことは機会ある限り書く事にした。

やっぱ、サーフィンはパッケージツアーではないでしょう。

カネ払ってサーフガイドもなしでしょう。

土地のローカルと仲良くなり

お礼にいっぱい奢るとか、ボードを置いていくとか

感謝の示し方は、少なくても現金ではないはずだ。

でもガイドとツアーという仕事は存在して

それで生計を立てている人もいるから・・・・

複雑だけど、やっぱJALパックみたいな

サーフィン旅行、ダイビングみたいなガイドさんは

サーフィンには適していないように感じる。

 

もっともバリで、ここはガイドなしじゃ入れないぞ、

と、英語とインドネシア語で

全身タトゥーの怖そうなバリニーズに凄まれたが、

同行のオージーが、ふんじゃ、隣のピークへ行こうと

すぐ隣でサーフィンした。

陸に上がるとガイドが日本人を6人引き連れ

別人のような笑顔で、変な日本語を喋っていた。

 

なんだか、これじゃサーファーが

ダサくなっていくように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 21:15 | comments(0) | trackbacks(0) |-
アメリカンロック

オーストラリアには、USAの流れを継承するバイク軍団、

通称バイキーが生き残っている。シドニーのスーパー危険地帯、

キングスクロスや、ウェスティー(内陸)に多く、

「怖い」に尽きる。海から少し内陸に入ったキャラバンパークに

宿泊したとき、バイキーの集団に出くわしたが

完全に犯罪集団の様相で、ポリスも本気で手を出さない。

 

バイクはハーレー20台くらいで、全員ごつくて

タトゥーにボディーピアス、分厚い革ジャン、スリーピングバッグ

日夜問わず酒臭。

 

そこに犬2頭連れた日本人サーファー、、、、しかも犬たちは

バイキーの元に擦り寄る。ここで殺されても誰も証人はいない、

たとえ見ていても誰も証言などしない。

 

ヘイ、サーフィー、どこから来た?

シドニー、ニューポート・・・

イエー・リッチマンだな!

チャイニーズか?

日本人だ。

JAPか、

JAPじゃない、ジャパニーズだ・・・・

 

このひとことで、先方の形相が一変した。

余計な一言だった。殺されると・・・・

 

愛犬2頭は、状況判断をしなかったのか、

先を読んでいたのか、俺の太ももより太い腕の

刺青野郎に頭をなぜられている。

一気に首を占められてたら、どーしよう!

 

刺青バイキーの一人が、ディンゴか?(オーストラリアの犬)と

聞くので、日本から3人(犬2頭と来た)と伝えると

態度が一変、何しにした?

サーフィンと自由だ。

 

ここはそういう場所だ、エンジョイしろよ、と

瓶ビールをくれ、飲んだ。

肉を焼き、愛犬にも分けてくれた。

但し固くて、参ったがうまかった。

 

後日オージの友人にその件を話すと、そこは危険地域でお前キチガイだよ、

普通は半殺しだぞ、、、、、

 

車のCDからレイナードスキナードが意味もなく

偶然かかっていた。アメリカンバンドで

ナショナリズムゴチゴチ白人衆生主義のバンドだが

音が好きで聴いている。

 

音楽と、犬が私の命を救った。

 

アメリカ南部には差別主義的バンドがあるが

南部独立戦争の旗を掲げて、歌う。

オーストラリアは、ミッドナイトオイルが政府批判を
繰り返す。

 

レイナードスキナード Red white and blue

https://www.youtube.com/watch?v=2-ZQ5T8wjsg

 

日本には、その手バンドが、歌手が少なすぎる。

メディアが抹殺するからだ。

 

サーファーよ、GQマガジン、オーシャンズ、サファリも

悪くはなかろうが、レイナードスキナードなら

LA プラステックなんてゴメンだ!

真実道を進むもう、と歌う。

 

世間はサーファーをアウトサイダーを決めるものもいるが

ITバブルで、ビットコインで、クラブ経営で、金儲けしている類とは

本質が違う。サーファーには、別の価値観がある。

 

レイナードスキナードの red white nand blueの歌詞はシビれますよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 19:52 | comments(0) | trackbacks(0) |-
ユーチューバー的稼ぎ

プロコンテストは年を追うごとに

過激な演出が求められている。

ウィンキーポップやマーガレットリーバーの

ショアーブレークでのエアー・・・

バックドアやチョープーでのチューブ・・・

 

デレク・ハインドはこれらを度を越していると嘆く。

ウェブでの聴取者を含めた観客は

より凄いシーンを求めている。

選手は勝つために生死に関わるライディングを

虐げられている。

 

女子も近い将来パイプラインで

試合が開催されるかもしれない。

 

観ている側は、巨大な水の力、

リーフの危険度、ピリピリした空気など

どうでも良い、というか選手同士が

沖で喧嘩をするのを楽しみにしている。

 

さらに悪いことに、GOPROを

ボードやヘルメットに装着して

危険な波に突っ込み、その様子を

ユーチューブにアップして稼ぐ風潮が生じている。

ユーチューブだけではない。

ネットTVと契約して危険に挑む者もいる。

 

先日、日本人の登山家が他界されたが、

ネットTVで生配信され、

多くの大企業がバックアップしていた。

 

レッドブルなどは莫大な資金で

XーGAMEなどの危険レベルを果てしなく

上げている。

 

金を追い求めると

何のためにやっているのかを

見失いなねない。

 

フリーサーフィンさえ激変した。

地図とコンパスの代わりに

スマホとサーフガイドでピークにたどり着。

 

実は、某雑誌の取材をすっぽかした。

中身はオーストラリアのポイント紹介、

求められたのは、日本では知られていない、

ポイント・・・・・

 

メディアサイドにいた私は

26年前、モルディブをサーフィン誌に

紹介という大罪を犯してしまった。

人知れず通い続けたパスタポイントは

サンゴが踏み潰され、

サルタンのピークはでは波の取り合いで

嫌な空気が充満した。

 

自分のとって大切なポイントは

不特定多数に教えてはいけない、

という教訓が芽生えた。

 

今日、波が良かった!と写真と実名入りで

フェイスブックにアップした途端、

翌日から知らない人でピークが

埋め尽くさる時代である。

 

ネットで波探し、、、は良い時代?

アパート探しじゃあるまいし・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 15:13 | comments(0) | trackbacks(0) |-
嫌な空気

ネガティブな話題で恐縮だが・・・・

先日、とあるポイントで

普段優しいローカルサーファーが、

人が変わった如く、

大声でFワーズを連発していた。

具体的には、ファックオフ100連発である。

 

そこはオーストラリア東海岸の

カントリービーチ。

岬の先端の小さな町には

小さな個人経営の何でも屋、

リカーショップとそこに隣接するRSL(退役軍人のためのパブ)

があるだけで、大型スーパーまでは車で30分かかる。

 

そこで真昼間からサーファーが喧嘩をしている。

すぐに分かったのはローカルとブラジリアン数名の

揉め事ということだ。

 

数日前からブラジリアンサーファーが4名で

沖に来ては、わざわざ私の横に来て

どんな波にでもパドルをする。

感じが悪いので、私は別のピークへ移動した。

ここでの鉄則は、悪い雰囲気を作ってはいけない、

たとえ相手が誰であっても。

 

あの時、駐車場でローカルの怒りがピークを超えた。

ローカル1名VSブラジリアン4名、、、、

私は、場合によってはローカルの味方をしようと

覚悟を決めていたら、、といっても喧嘩になれば

大怪我させられそうだ。だってブラジリアたちは

デカくて、全身タトゥー、ピアスで怖すぎる・・・

 

一人で喧嘩覚悟のローカルの横に突っ立っていたら

すぐに別のローカルが10名くらいが現れ、

ブラジリアンは血相変えてレンタカーで消えた。

本当は恐ろしかった、、、すぐに車に逃げ込もうと

思ったが、それも出来なかった。足がすくんでいたからだ。

 

パーキングで大声で怒っていたローカルが私に

「ソーーリーー、ちょっと興奮しすぎた。

気にしないでくれ。さあ、沖に行ってセットを

つかまえようぜ!」

 

このポイントをアルビー・ファルゾンは

「ファミリーポイント」と呼ぶ。

 

世界中でローカリズムが強くなったのは

60年代後期からで、理由は無謀なビジターのせいだ。

ただし、意味もなく威張り散らすローカルもいるから

訳がわからなくなる。

 

私が尊敬する湘南の超有名ポイントの親分は

「世界中、どこへ行っても、初めてのポイントに入れる

サーファーになりたい」と話していた。

全く同感だ。

 

Respect Local Rule

Be Good Visiter.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 20:46 | comments(0) | trackbacks(0) |-