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潮見表 日本
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shigarami

想像する以上の笧(しがらみ)がサーフィンから遠ざけようとしている。

私の場合であるが・・・・・

コンクリートの奥深くで根を張り、猛毒の接手を持つ

便利さを武器にしたアプリ、さらに根の奥には家族、友情、

愛情、、、、いかなる手段でも私を海から遠ざける方法を取る

強力な一弾が聳えている。家族、愛情、金、老後、、、、

おい、それを捨ててでもサーフィンなのかい?

家族まで捨ててサーフィンするなんて、、

人ととしてどーーーなの?

様々な意見が飛び交う。

 

家族、経済、協調性、信頼関係、、、、、、

全て大切だ。

 

でも、、、わかっちゃいいるけど、、

やめられない。

 

この数日、指の先端がマニューバーと深い関係を

築いていることを立証できた。

もちろんラビットさんやMP大先生、ロペス博士、、、、

多くの先人達から教授を受けていたが

試して理解できたい。

指先と視線がリードアップして

体幹、そして下半身が追いかけてラインが決まる。

 

捨てなければ、新しいことは得られない。

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 23:55 | comments(0) | trackbacks(0) |-
Once upon in somewhere Paradise

USAから"Search For The Perect Waves"が届いた。

 

 

かつて著名なサーフフォトグラファーでサーフジャーナリストの

ジェフ・ディヴァインが「Some Call It Paradise」というタイトルの

記事を寄稿したのを想い出す。

つまりパラダイス、楽園とは、、、ある者にとっての楽園で

万人にとっての楽園などない、と私は捉えた。

 

買い物好きな方にとって銀座やシドニーのロックス、

ワイキキのカラカウアアベニュー、ニューヨークのフィフスアベニュー

パリ、ロンドン・・・

は楽園であろう。

ブランドショップ、最新の商品、物腰の優しい店員さん、

お洒落なカフェで一休み、

星が沢山のホテルにレストラン・・・・

しかし私には苦痛である。

では私にとっての楽園とは?

人口密度が極端に低い場所、

綺麗な海岸線と、長く美しい波、

それさえあれば楽園である。

飯が不味くても、ベッドが固くても

お土産屋がなくても問題ない。

 

近年、サーフィンが冒険だった時代は過去の産物に

なりつつある。さらにサーフィンはトリップから

ツアー、ガイドに案内して頂き沖に出るのが

安心で安全と雑誌に書いてあるくらいだ。

クソつまらい、もうこれ以上書くのはやめよう。

だって愛するサーフィンを卑下することになりかねかいからね。

 

さてそれでも幸い日本には、鹿児島から船で9時間くらいかけて

行ける未知のポイントも点在しているし、

日本海や東京都(竹芝桟橋から25時間)の素敵な島々もある。

 

行けるうちに行きたいところへ行こうぜ!

会社辞めて遊ーぼ!

但し団体行動ではなく

個人で・・・・せいぜい3名マックスでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 22:43 | comments(0) | trackbacks(0) |-
今週末発売のブルー

今週末に発売されるサーフィン誌ブルーに

KEYOサーフボードが掲載されます。

ブルーとKEYOのコラボレーションで

モデルはエッグ、コンセプトは1967年、

デザインは最新テクノロジー満載の

VボトムからWコンケーブ、ハル、、、

フィンシステムはシングル。

 

グライド感を満喫できるボードで

誌上で限定3本の販売となります。

早いもの勝ちなので興味のある方は

ご覧下さい。

 

シェープは、もちろジョ・ギル

私がシドニーでオーダーして

フォーム選び、シェープにも立会いましたが

ジョンのセンスは飛び抜けています。

つまり全てに無駄がないのです。

 

ちなみに私もエッグを数所有していますが

古いもので17年乗り続けています。

 

Keep Surfing!

posted by: ozartsurf | - | 22:21 | comments(0) | trackbacks(0) |-
サーフ&フード

サーフトリップの目的は

良い波に乗る、に尽きる。

でも目的以外に楽しいことに出会えると

得した感を覚える。

サーフィンをすると体力を使い腹が減る。

だから美味しいものを食べられると嬉しい。

もっとも腹が減っていれば何を食べても美味い。

 

ただ、モーニング岬で連日、1本350メートルを

楽に越える距離の波の壁を走り、1本乗ると

岩場から上がり、芝生を歩いて、もう一度沖に出る・・・

と1日6時間以上、繰り返すこと10日間、

5日目くらいから体力の限界を超えてしまい

全く食欲が失せたことがある。

お腹も腕も真空パックされたように凹み

このままではヤバい、と無理やり食べたが

美味しいとは感じなかった。

サーフィンするためだけに食べ物を口に入れて

噛んで飲み込む。味覚さえも衰えていたのかも知れない。

 

そしてフィリピンのカダンデュアネス、、、

1984年のことだ。単身、未知の波を求めて

訪れたポイントだったが、予想に反して

バンガローは建築中、つまり未完成で

天井とそれおを支える4本の柱はあるが

壁がない。もちろんレストランもなく

食料は、定期的にオバさんが売りに来る

クラッカーやチーズ、バナナ、コーラ、、、

そのオバさんがバナナの皮にくるんで

お米を蒸して、塩っぱい魚を売ってくれるが

これが激マズ、、、口に入れてコーラで流し込むしかなかった。

あまりのマズさに最初はゲロすることもあったが

数日で慣れた。波はオンショアーのダブルオーバーヘッドで

水深30センチの珊瑚礁の上に叩きつける、、、

傷だらけでオキシフルがなくなり、旅は終わり

マニラに戻った。

 

一方、ポルトガルのホテルに夕食は素晴らしかった。

毎晩、生野菜のサラダと前菜が出たが

ドレッシングはオリーブオイルと黒い素(バルサミコ)だけで

最初は奇妙に感じたら、2日目から美味しく感じ

今でもサラダはオリーブオイルとバルサミコで食べている。

メインはミートがフィッシュ、毎晩ディナーを楽しみにサーフィンした。

 

長い旅の途中で立ち寄る街の中でも

バンコクのアンダマンスープ(トムヤムクン)

エビやフィッシュ、貝類など様々なシーフードに

野菜がタップリ、香草のパグジーがエキゾチックだった。

同じくアジアならペナン、ここは特恵貿易エリアのため航空券が

安く、また物価も安かった。

安宿といっても清潔な中国式旅舎で体を休めて

屋台や食堂で美味いものを食べる、中でもココナッツオイルの

ヌードル、ラクサは特別だった。1日3食ラクサもありだった。

 

インドの離島へ行く途中に立ち寄った南インドの

ポンディチェリー、ここのカレーは特別だった。

朝はヨーグルトカレー、昼はハエも飛んでいる

ショーケースに入ったカレー、夜は焼きたてのチーズガーリックナンと

熱々カレー、、、何週間もカレーしか口にしなかったが

もう一度食べたいと思う。

 

モロッコのアンカーポイントで自炊生活を送る中

モロッコを旅するベテランのドイツ人サーファーがクックする

タジン鍋も最高だった。オージと3人で手分けして

野菜やにんにくをカットして、グツグツ煮込んで

フランスパンで食べる。食後は大量の砂糖を投入したミントティー、

このバランスで2ヶ月を過ごしたが飽きなかった。

 

世界中どこへ行っても同じ国で東西南北で異なる料理がある。

でもオーストラリアだけはさほど変化がない。つまり郷土料理的な

ものがない。せいぜいシドニーやメルボルンのイタリア人街へ行けば

個性的なイタリアン、チャイナタウンへ行けば脂ぎった支那料理、

リンタイファンのような台湾レストランへ行けば小龍包といった程度だ。

しかしどこへ行っても個性的なフードはミートパイで、

店によって好みが違う。個人的には、、、、内緒にする。

 

日本の場合はスペシャルだ。

青森の市場で頂く刺身やあら汁から

沖縄のソウルフードまで、行ったからには食べたいものが多い。

 

だから日本国内をサーフトリップすると

体重が増える傾向があるので気を付けたい。

 

さて、次に日本はその青森、小笠原、宮崎に行くつもりだ。

 

それから、高級レストランも良いが

B級グルメと呼ばれるものは別の楽しさがある。

しかし広島の牡蠣のお好み焼きは外した。

 

ちなみに頼んだものをスマホで写真に撮る傾向が強いが

私はどうにも抵抗があり、一度たりともオーダーしたものを

撮影したことがない。よってお見せできないのが残念だ・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 21:12 | comments(0) | trackbacks(0) |-
ワールドトレンド

シドニー、バイロンベイ、ゴールドコースト、ヌーサ、トーケイ、

ワイキキ、ノースショアー、マリブ、ハンティントン、カボサンルーカス

ビアリッツ、アンカーポイント、イタリアの島、バリ島、モルディブ、

リオ、、、、、それに湘南、千葉、沖縄、、、、

つまり世界樹どこヘ行っても、波は一昔前から変化している。

そこを訪れるサーファーもローカルも、、サーフィン、ファッションに

変化が見られる。サーフィンを始めた70年代後半、アメリカ西海岸で

金髪のロン毛のサーファーが最高にかっこよく、日本人も私が

同真似しても近づくことは不可能だった。

80年代、時代はアジアに移行してバリは私の中の中心地となり

86年にオーストラリアを訪れ価値観が変わり

それが今の基盤になっている。

あの頃、キングスクロスやセントラルの駅でも裸足の若者が多く

オーストラリアこそ私にとって自由の象徴だった。

 

今世界は恐ろしいくらい均一化している。

どこへ行っても、みんなスマホを持っていて

男女問わず、タトゥーにボディーアート(ピアス)

それが普通になって、、、、

最初は、自分だけは違うという主張だったのだが、

60年代のロングヘアーにデニムや花のヘアリングも

そうだったのだろう。

 

歳を取ると外見などどーーーでもよくなる。

そこで突っ込めるか、夜が開けるまで砂浜に寝ていられるか、

もう一杯テキーラを飲めるか、、、、

 

無茶は面白いが、残りの生きられる時間を短くする。

 

さて細く生きるより、太く生きるか・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 22:13 | comments(0) | trackbacks(0) |-
サーファーズジャーナル

オーストラリアにサーファーズジャーナルという雑誌があった。

年に4回発行され売り切れる前にニューズスタンドで購入していた。

ともかう圧倒的に中身がアカデミックで、極端に広告が少ない平綴じ。

紙質も良く、トラックマガジンやサーフィンライフがフリーマガジンに

感じるほど質感が高かった。オリジナルはUSAだが、毎号オーストラリアの

記事もあり、アンドリュー・キッドマン、デレク・ハインドなどが

記事を書いていた。オーストラリア版の編集長はフィル・ジャレット。

元トラックスの編集長である。オーストラリアのサーフィンメディアの

トップは大部分がトラックスに関わっている点は見逃せない。

 

ある日を境に本はでなくなった。廃刊である。

しょうがないのでアメリカから倍以上の値段(送料が高い)を支払い

購読していた。一冊日本円で2500円くらい出す価値はあった。

そのうち、日本版が発行され、乗り換えた。

今でももちろん購読しているが、毎号時間をかけて読み込んでいる。

この数号、奇妙な現象が起きている。表紙の裏、裏表紙の裏は

広告ページとして、中面より高く売れる。しかしそこに広告がないのだ。

おそらくそのページは高いので、高額を支払える広告主がいないのだろう。

普通なら、少しでも高額なクライアントに提供するのが営業的行為だが

サーファーズジャーナルは、それを良しとしていないようだ。

真偽のほどは知らないが、ともかく広告が少ないのは嬉しい。

 

かつてサーフィンクラシック編集長の石井さんは

「雑誌は薄いほうが良い、スキー雑誌のように広告ばかりで

分厚のはダサい、広告収入に頼らず雑誌を売ることこと健全」と

いうようなことをおっしゃっていた。

サーフィン雑誌は薄くて記事が多いのが理想だと思う。

 

ところでサーファーズジャーナルの最新号は圧巻、

なんといってもリック・ラスムーセンの特集、

大好きなスタイル、映画「ファンタシー」、ハイライトの

南アフリカ・ジェフリーズベイでのテリー・フィッツが神がかっている。

数あるサーフィン映画の中のベスト10の中でのトップの部類に入る

シークエンスだ。テリーさんと交互してリック・ラスムーセンの

バックサイドを見ることが出来るが、大好きだ。

鏡の前で今でもコピーしている。35年以上に渡って鏡の前で

追求している。手の振り方、膝の角度、肩の入れ方、目線、

ボトムでの腰の下げ方、、、、是非見ていただきたい。

同様に三橋モスケさんのバックサイドもコピーしているが

動画はない。

 

あなたは誰をコピーしていますか?

ジェリー・ロペス、リノ・アベリラ、MP,ラビット????

今じゃ、JJF,オーエン・ライト、ウィルキー、空飛ぶブラジリアン、、、

なのかな? スタイルこそ全てですからね。

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 19:28 | comments(0) | trackbacks(0) |-
日焼け

6月、日本の太陽光線の強さは業務用電子レンジなみだ。

宮崎、南房総、茨城で焼けまくった肌は、

2回の脱皮後も超乾燥、頭皮に至っても脱皮して

オイリーな状況が継続している。

深夜、余りに腕の火照りがひどいので

24時間空いている薬局にアロエジェルを買いに行ったほどだ。

若い頃と違い歳を取ると、日焼けは疲労に直結する。

 

シドニーやハワイ、インドネシアでも

今回くらい日焼けが痛かった試しがない。

もしかしたら日本のオゾン層は想像以上に

破壊されているのだろうか?

アメリカ大統領は地球温暖化から守るパリ条約から

出ることを宣言した。大丈夫だろうか?

 

それにしてサーフィンするのにキャップが必要になるとは、

昔は考えもしなかった。

サーフィン帽子が私の中で必要アイテムになったのは

1990年のモルディブからで、それ以前はサーフィンしながら

帽子をかぶるサーファーは変わり者だった。

最近ではサングラスをかけているサーファーも見受ける。

 

地球温暖化、恐るべし、、、

海抜が上がったり、その影響で砂浜が無くなり

海岸線沿いにコンクリートが流し込まれたり

テトラポットが投下されたり、

気が付かないうちにサーファーは

大きな大きな影響を受けている。

 

相模湾だって数年前に比較しても

波は立たなくなっている。

 

ガンジーみたいに無抵抗主義を貫くのだろうか?

それともボブマーレイみたいに立ち上がるべきなのか?

組織やリーダーでなく

個々のサーファーの自覚であろう。

 

サーファーの意識革命が試される時代に

本格的に突入したわけだ。

 

 

posted by: ozartsurf | - | 15:42 | comments(0) | trackbacks(0) |-
ホスピタル

ここの最近、病院に行くことが多い。

病院、ホスピタル、英語でオピタル?

 

ワイプアウトで鼓膜にヒビ、全治1週間

毛虫に刺されて首が腫れた、、、

右目に傷が入り、、、全治5日、

顎が腫れたが原因不明、30分の出術で完治、、

 

歳のせいだろう。身体が追いつかないのに

全力でサーフィンしたり泳いだり走ったり、、、

周りから無理、ムリ、むり、少しはセーブ、

と優しいアドバスをいただくも

むりは、限界のプッシュ、この歳で今までやったことのない

新しいことに挑戦すると面白くて、モオシロクて、、、

だって900メートル泳いだら、モーダメだったのが

1000メートル超えてもまだいけるとか

75分で10キロ走って、ゼ^ゼー、ハダーゼイカムが

今日は68分で、まだ行けるぞ、、とか

限界をプッシュするのは楽しい。

そこでプッツンして、あの世に行ければ、

けっこう良い波に乗れたり、けのびで25メートルとか

以外に天国はファンかも、、、

でも死ぬには、まだかな。

 

とりあえず、サーフィンだね。

 

 

 

posted by: ozartsurf | - | 19:27 | comments(0) | trackbacks(0) |-
ドクター

明日から短いサーフトリップに行くのだが

昨晩から右目が痛い。

昨晩、痛みにめげて目薬をドバドバと差したが

一向に改善せず、銀座通りの松屋の前で眼科を

見つけたので飛び込んだ。

 

最近の眼科はコンタクトレンズの処方箋を出すのが

主な仕事のようで、いわゆる患者は少ないようだ。

年の功にして60代の女の先生はとても丁寧に診察して

「目ぶつけたでしょう、傷が付いている、痛いでしょう・・」

ぶつけた覚えはないが、ともかく痛い。

しばらく安静、アルコールはアウト、PCも最小限に控える、

お風呂もやめて短いシャワー、、、

 

おそるおそる「明日からサーフィンに行くのですが」と

切り出すと「サーフィン?塩水はダメ、太陽光線もダメ、、、

でも行くのと言っても結局は行くんでしょう・・・

しょうがないわね・・・普通はこの薬は出さないけれどと・・」

 

1日4回2種類の目薬と軟膏を付けて

1日2回食後に2種類の薬を飲むように指示された。

 

「それから戻ったらすぐにここに来て検診を受けること」を

約束させられた。

 

すでに目薬と軟膏は2回、飲み薬は1回投与したが

痛みは少し収まり、赤目は減少している。

 

それにしても、、どーーせダメと言ってもサーフィン行くんでしょう・・・

この一言は痺れた。感謝します。

 

posted by: ozartsurf | - | 17:15 | comments(0) | trackbacks(0) |-
サーフィン雑誌創刊ラッシュ

サーフィン雑誌は専門誌とカテゴライズされている。
しかし古くはポパイやファイン、ホットドッグプレスなどは
一般誌からサーフィンへのアプローチをかけてサーファー以外にも
サーフィンのテイストをアピールして大成功した誌もある。
つまり発行部数と広告収入を増やし利益を得たわけだ。
ここ数年ではティーンネイジャー向けの老舗的存在のファインは
その形態を大きく変え、同じ日の出出版にサファリ風に様変わりした。
つまりサファリやオーシャンといったアダルト向けのサーフィンテイストを

加えた雑誌が売れに売れているというわけだ。


中身を見ると75万円の時計や2万3千円のTシャツ、26万円の革ジャンなど、

一般サーファーには無縁な商品広告が止めどもなく掲載され、

「なんじゃ!これ?」状態にビックリする。
知人にこの手の誌の存在理由と読者層を尋ねたところ、

本気にサーフィンをやっている、またはやりたい者が購入するわけではなく、

リッチに憧れる、またはIT産業などで儲けているバブリーな20代〜40代男性が

サーフィンや海をテイストに取り入れたくて買うそうだ。

昔の丘サーファーより金が有るだけ、質(タチ)が悪いかも知れない。


私はサファリやオーシャンをサーフィン誌という位置付けはせず、

ここは素通りさせて頂く。

日本におけるサーフィン誌は石井秀明が編集長の「サーフィンワールド」が

始まりである。

東京都のど真ん中、中央区のオーシャンライフが1976年創刊したコアな誌で、

サーフィンを健全に正しく、しかもアカデミックに捉え伝えた業績は

現在日本サーフィンの礎である。同時期に湘南の辻堂から誕生したのが

「サーフマガジン」で、ワールドが世界のサーフィンを中心に展開していたのに対して

マガジンは国内をフォローした。

ちなみにこの2誌から日本を代表するサーフジャーナリスト、

サーフィンフォログラファーを輩出している。言わば独占状態にも見えた。

その後を追うようにマリン企画が創刊したのが「サーフィンライフ」で、

サーフィン教室的なビギナー向けページから日本国内、世界の動向にもスポットを当て部数を伸ばす。

 

昨年、老舗のマリン企画が倒産してサーフィンライフ、グライドが廃刊に追い込まれた。

その数年前にはマリン企画のロングボードの専門誌「オンザボード」が消えたが、

まさかマリン本体そのものまでが消えるとは想定外だった。

理由は雑誌以外の事業、不動産やレジャー、リゾート、ハーバー、

レストランなどの赤字が本業の足を引っ張ったからであろう。

かつてのオーシャンライフも同様だと思う、あくまで推測の域だが。

 

2017年に入り、サーフィン専門誌はブルー、NALU、サーフトリップジャーナル、

サーファーズジャーナルの4誌だった。

ネコ出版から出版されているオルタネイティブ+ファッションを打ち出しながら

実はコアなブルー。

エイ出版のロングボード専門誌からオルタネイティブ、SUPまで幅広く

フォローするようになったNALU。

同じくエイ出版のサーフトリップジャーナルは

確実なコアなファンを持ち編集長自らトリップ全開な点が素晴らしい。
そしてUSAサーファーズジャーナルの日本版として5年目を迎える日本版SJJ。

ちなみにサーファーズジャーナルはかつてはオーストラリア版もあり購読していたし、

現在はヨーロッパ版も発刊されている。オーストラリア版は廃刊したが日本版、

ヨーロッパ版は独自の記事を折り込み興味深い。

但し書店に置かれていることは少なく年間購読者を対象にしており正確には

書店に置かれていることが少ないので雑誌と呼べるかは定かでない。


そしてこの4月、元サーフィンライフの編集担当の高橋氏が編集長の「サーフマガジン」が

10日に発刊された。湘南、六本木で創刊記念パーティーが開催され六本木に伺ったが、、
そして元マリン企画の小山内氏が編集雨長のサーフィンライフ(マリン企画のサーフィンライフとは関係ない)、

さらに元マリン企画の元サーフィンライフ編集長でグライドの編集長でもあった

内田氏が5月に新刊を創刊する。つまりサーフィンの新しい雑誌が立て続けに3誌書店に並ぶわけだ。

果たして再び戦国時代に突入するのか?

 

 

ところで私的な話で恐縮だが、私のサーフィン、

またサーフジャーナリストとしての原点はサーフィンワールド、

そしてサーフィンクラシックである。

両誌ともに石井秀明が編集長で私は毎号を暗記するほど読み込んだ。

専門用語や名前、地名、隠語などは先輩に訪ねたり、その地を訪れたり、

現場に行くことをミッションとした。

その結果、サーフィンを始めた70年後期にはカリフォルニア、

80年にはバリ島へ、さらに86年には二アス、グラジガンなど、

石井英明が歩いた跡を追いながら廃刊になった以降も検証の旅を継続した。

なぜそこまで拘ったのか、30年以上を経た今でも分からないが、

今の自分が在るのはその時代に私が我武者羅に突き進んだ結果である。

つまり石井英明こそ原点で現在進行中なのだ。

それほどの雑誌が今存在するだろうか?影響力、

信じるに値する言葉、写真、行間、、、
私は石井秀明が築き上げたサーフィンワールドとサーフィンクラシックに出会えて幸せである。

過去形ではない。今も古い雑誌を定期的に読んでは情熱が失せないようにしている。
10代、20代に刺激を得た情熱である。

posted by: ozartsurf | - | 16:27 | comments(0) | trackbacks(0) |-